(番外編)未発表作品/鞄
気の弱そうな男が、いかにも大金が入ってそうな鞄を持って繁華街をウロウロ。
いつも決まって路地へと消えるが……。
鞄
街中で二人体制の警備員が、周囲の様子を神経質に確認しながら、黒い鞄を運んでいる。
その中身と言えば、大抵が現金等である。
一方で、見るからに気が弱そうで、きゃしゃなその男が持っていたのも、同じ様な鞄であった。
男は、よく繁華街の辺りに姿を現し、いつも大事そうに、大きな黒い鞄を両手で抱えている。
時折、きょろきょろと周囲を気にする様な素振りを見せながら、人通りの少ない路地へと消える。そして、しばらくすると、また賑やかな表通りへと姿を現し、再び落ち着かない様子で辺りを伺う。男はいつもこんな調子で、時々この辺りに姿を見せるのだった。
男がどんな職業で、またどんな目的でここに現れるのか、それを知る者は誰も居なかった。そして、周囲の誰もが一番気になっていたのは、男が常に大事そうに抱えている、あの黒い鞄の事だった。
中には一体何が入っているのか? きっと大事な物に違いないとは誰もが思っていたが、それならば、どうしてあんなひ弱な男にそれを持たせているのか? 他に誰か頼りになりそうな、もっと体格のいい男は知り合いに居なかったのか? 男は全く謎だらけの人物だった。
一般的に、強盗を企てる者はいつでも獲物を物色している。相手は金を持っていそうか、そして簡単に襲えそうか等々。そんな強盗達からすれば、問題の男は恰好のターゲットだった。
ある日、男に狙いをさだめた強盗が現れた。誰かを襲ってやろうとこの辺りを物色している内に、狙い通りか、もしかしたらそれ以上かと思われる男に遭遇したのだ。強盗は男のあとを尾け、襲えるチャンスをうかがっていた。
男が路地に入った時、強盗は早足に後を追った。男は道に迷っているのか、何度もメモのような物と周囲の建物を交互に見ながら、路地を奥へ奥へと突き進んで行くが、その先が袋小路になっていることを、強盗は知っていた。このチャンスを逃すまいと、強盗は一気に男との距離を詰めた。
辺りには二人の他に人影は無かった。そして強盗は行動に出た。
「おい、そこのお前!」
強盗はたっぷりと凄みを利かせた声で男を呼び止めた。と、同時に愛用のバタフライナイフを手に、すでに戦闘態勢を整えていた。
男は例の黒い鞄を足元にスッと置き、振り返るや否や強盗に強烈なキックを浴びせた。
強盗の体は宙を舞い、バタフライナイフは遥か遠くへと弾け飛んだ。
男のひ弱ないつもの表情は、そこには微塵もなかった。
強盗を真っ直ぐ見据え、男は鬼の形相で口を開いた。
「やい、この強盗野郎! このオレ様から金でも奪おうって魂胆か? そいつはとんだ勘違いってやつだな。命が惜しけりゃ、あり金全部出しな!」
強盗はおののきながら、半ベソでありったけの金を男に差し出した。
「本当に、これで全部なんだろうな!」
男は更に凄んだ。
「は、はい。これで全部です、ホントです。だから命だけは!」
男は既に奪った金を、例の黒い鞄に詰め込み始めていた。
「オメエみたいなバカな強盗が多いから、こっちの商売が繁盛するってもんだぜ」
そして男は大事そうに、大きな黒い鞄を両手で抱え、きょろきょろと周囲を気にする様な素振りを見せながら、再び繁華街の方へと足を向けた。
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