R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

小説の創作プロセスを公開しています

時空モノガタリ未発表作品(5)/鍋奉行

(番外編)未発表作品/鍋奉行

 

転職後に収入が減り、会社でも家でも居心地の悪い主人公。あれこれと愚痴を言う妻との、鍋をはさんでの会話の行き着く先は……。

 

鍋奉行

 

「あなたって典型的な鍋奉行よね」

 鍋の向こう側から、溜め息混じりに妻の声が聞こえた。俺が顔を上げると、こちらをじっと見たまま妙な角度で箸を止めている。

「肉が先だの野菜がどうだのって、会社の中でもそんな風にちゃんと段取り考えて、誰かに指示とか出したりしてるわけ?」

「いいや……。転職したての新人社員だよ。そんな事まだまだ出来る訳ないじゃないか」

 俺は再び鍋の中に目をやった。すでに肉が焼けてしまっている。鍋型のホットプレートを使っているから『鍋』と呼んでいるが、正確に言えば今日の料理は『すき焼き』である。だから肉がこうなる前に、醤油を入れなければならない。

「新人社員って、あなた一体自分が何歳だかわかってんの!」

 今度は、ポットプレートの電気が止まった。向かい側に居た妻が、コンセントを根元から抜いたに違いない。

 私は仕方なく、お肉専用のトングを置き、妻の方を真っ直ぐ見た。ちなみにこのトングは、アウトドア用品専門の店で三十分以上悩んだ挙句、少ない自分の小遣いで買ったものだ。もちろん私専用の道具で、出番は半年に一回程度。言うまでもなく、そのチャンスはボーナスの後しか巡ってこない。今回は転職後初めての『ボーナス』ではなく『寸志』が出たので、俺が強引にその出番を作ったのだ。

「四十五歳だよ」

 俺は大事なトングをテーブルに対して真っ直ぐ揃えながら答えた。

「私達の年代って言えば、家も買って子供も大きくなって独立して、夫婦でゆとりのある旅行にでも行って、老後の準備もある程度始めてって感じじゃないの? 私達は一体、どうなっちゃうわけ?」

 大手の銀行や、国営かと思える程の大企業でさえ、あっさり潰れてしまうような時代だ。先の事などわかる筈がない。大体、そんな先を読む力が俺にあったなら、初めから倒産する様な会社になど就職していない。

「あなたが何度も仕事を変えるからいけないんじゃない!」

 夫婦喧嘩のたび毎回出てくる台詞だった。これはすでに刻まれてしまった歴史であり、過去は変えようがない。この先何十回、いや何百回でも繰り返し浴びせられる言葉だろうと、俺は思った。

「随分前に勤めてた会社で、そこそこの役職に就いてたのよね。あれって管理職だって言ってたけど、そもそもあなたに人がさばけるの? 私には、信用出来ないけれど」

 私は十年ほど前、それなりに責任のある仕事をこなしていた。小さな会社だが、部下も居て肩書きは部長だった。

 先輩社員を実力で追い越し、自ら手に入れた地位だ。取引先からの信頼も厚く、もしも同じポジションに居たのが他の社員だったら、きっと取れなかった仕事は数え切れないに違いない。

 おそらく妻には何も分からない。私の仕事ぶりなど見た事もなく、会社での姿を想像すらした事が無いのだろう。

「ちょっと、人の話ちゃんと聞いてるの? いつだって話半分。どうせ私の話を聞いたからって、あなたがしっかりと人をさばける様になって、この生活が劇的に変化する訳じゃないしねえ。ホント、あなたと話してても時間が無駄に過ぎて行くわ」

 妻の言葉に、自分の中で何かが動いた。

「俺にだって、人ぐらいさばけるさ」

 コンセントは、やはり根元から抜かれていた。私はそれをもう一度差して、すっかり冷めてしまったホットプレートを温めなおす。

 プレートの上をきれいな状態に戻し、新しい肉を置いた。

「この肉は、一体どんな味付けにすればいいんだろう?」

 誰も居なくなった食卓で、今しがたさばいた恐らく初めて食するであろう肉を前に、私は一人思案した。

 

 

 

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