ショートショート作家 R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

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( 『落し物』がテーマの作品例)小説投稿サイト時空モノガタリ未発表作品(8)/落し物の使い方

(番外編)未発表作品(8)/落し物の使い方

パチンコに負けた日曜日の午後、男は路地で封筒を拾った。中には、なんと現金が入っていた。給料日前の寂しい財布の中。男はそれを自分の物にしてしまうが……。

 

 

落し物の使い方

 

 

 男はその日、自分が路地に入った事をとても幸運だと思った。それは給料日を数日先に控えた日曜日、パチンコに負けた午後の事だった。

 路地には何気なく入った。繁華街を少しだけ離れた場所だったが、そこは驚くほど人通りが少なかった。

 路地に入ってすぐさま目に入ったのは、見覚えのある薄い緑色の封筒だった。それが銀行の物であるとすぐに分かったが、中身が入っている筈など無かった。

男は最初、そのまま通り過ぎるつもりだったが、何となく中に紙の存在が感じられた。幸いな事に辺りに人影は無く、男はその封筒を難なく手にする事が出来た。

 男は地面から拾い上げた封筒を、すぐさまコートのポケットにしまい込んだ。封筒と共に差し入れた手で、その中を慌ただしく探り始めた。

 男の予感は当たっていた。中には紙の感触があった。それはもちろん紙幣に違いない。男は紙の先端を指で弾くと、それが三枚である事が分かった。

 早く中身を自分の目で確かめたかった。男は今日負けたパチンコ店に再び足を運んだ。

 慣れた足取りでトイレへ駆け込むと、素早く個室の中へと入った。ポケットから封筒を取り出し中身を確認すると、新札の一万円が三枚出てきた。思わず笑みが浮かんだ。

 給料日まであと三日。財布の中身は随分と寂しくなっていた。月の前半での無駄遣いが後々まで響き、ちょうど今日あたりに妻に前借りを打診してみるつもりだった。

『思わぬ臨時収入だな』と、男は思った。

 男はすっかり気が大きくなり、そのままパチンコ台の前に座った。自分の金では無いと言う意識が強かった為か、いつもより早いペースで金が吸い込まれていった。

 懐が温かくなったと思ったのも束の間、あっと言う間に三万円が二万円になった。すぐにトイレに駆け込める場所と考えて、パチンコ屋に入ったのが間違いだった。

 少しでも金に余裕があれば、すぐにつぎ込んでしまう事ぐらい想像が出来た筈だった。しかし、封筒を拾った段階で心にやましい気持ちが芽生え、それが余裕を持てない原因となった。何事も焦りは禁物だと男は思った。

 それでも男の心の中では、何かを失った気はしなかった。元々この金は自分の物ではない。だから失ったと言うよりも、まだ二万円もあるという気持ちの方が大きかった。

 今度は少し冷静に考えて、何か価値のある使い方をしようと思った。

 そう、それは美味しい物でも食べる事だ。少し遅めの昼食は豪華にしようと考えた。普段は絶対に入らないような店で、腹一杯食べればいいのだ。その行為はきっと男を満足させるに違いなかった。

 男にとって贅沢な食べ物として、最初に思い浮かんだのは肉だった。肉と言えば焼肉もいいが、それよりはステーキだ。

 しかし、入る店は選ばなければならない。身なりにうるさい店は駄目だ。男の事を受け入れてくれない。いかに好意的に見積もったところで、男は決して金持ちには見えないのだ。どれだけ同じ料金を払うと言っても入店しづらいのは間違いない。

  そんな店に入るためには、もっと稼いでちゃんとした身なりで登場し、むしろ店から歓迎される身分にならなければいけないと思った。

 男はしばらく歩いた末に、なんとか自分でも入れそうな店を見つけた。そこでは、もちろんステーキを注文した。しかし、値段はあまり高くない物を頼んだ。やはり、体に染みついた貧乏性はどうにも抜けなかった。

それでも普段の食事とは比較にならない旨い代物だった。男は充分満足する事ができた。

ここでの食事を済ませた段階で、男の所持金は一万円程度になった。そこで初めて男は減って行く金が惜しいと思い始めた。何か手元に残る物でも買おうかと一度は考えたものの、それもやめて現金を残す事にした。

 最寄りのATMはすぐに見つかった。普段から持ち歩いているキャッシュカードを使い、入金をした。男はこれを機に無駄遣いをやめて、今度は妻と一緒にご馳走を食べようと思った。軽やかな足取りでATMを後にした。

 男から少し離れた場所にスーツ姿の二人組の男達が居た。二人は金を拾った男を見ていた。それは男が道で金を拾う前から、ずっと続いている事だった。一人の男が口を開いた。「パチンコ屋に飲食店、ATMもクリアだな」

「ああ。これなら心配ないだろう。まさかATMにまで立ち寄るとは、ちょっと予想外だったな。でも、嬉しい誤算だよ」

「そうだな。これで今回の偽造紙幣は、完璧な事が確認出来たな」

 

 

 

 

 

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