物語(3)
前回に引き続き、ストレスシートからの物語です。今回は第三回目です。
物語の元ネタとなっているストレスシートについてはこちら ↓↓↓
【CONTENTS】
釣り銭を作る女
『妙な金額で支払う女性』
「おいくらかしら?」
「はい、六百三十円です」
「じゃこれで」
女が渡してきたのは『一万円』と『五百八十円』。
「え?」
店員は思わず声を漏らした。この金額に対して一万円札を出し小銭を減らしたい客は、通常端数の『三十円』を出して『四百円』を受け取ろうとするか、『百三十円』を出して『五百円』を受け取ろうとする筈である。
『あの、お客様。商品代金は『六百三十円』ですが……』
『ええ、いいのよ。これで計算して」
仕方なく店員は電卓を弾いた。渡したお釣りは『九千円』と『九百五十円』だった。不思議に思ったので、閉店後その事を店長に話した。
「ああ、きっと釣り銭を作りたかったんだよ。お札は『九千円』あるし、小銭だって『九百五十円』だろ? その人が他に十円以下の小銭を持ってたとしたら、釣り銭としては、とても都合のいい組み合わせじゃないか」
「ああ、そう言う事ですか。なるほど。でも五十円玉は、また帰って来ますけどね」
「まあ、そこまでは気付かなかったんじゃないかな。咄嗟にこれで釣り銭が出来るって考えただけでも頭が良いと思うよ。俺なんか、そんなの気付かないけどね」
その日が月末だった為、この店では売上金を店長が銀行に預ける流れになっていた。本部の口座に入金する為だ。
いつも通り窓口で売上金の入金を依頼した。しばらくすると店長は行員に呼ばれ、別室で色々と話を聞かれる事になった。
「お客様。どうやらご入金頂いたお金に偽造紙幣が混じっていたようで」
「偽造紙幣だって?」
「はい。紙幣だけでなく、偽造硬貨も含まれているようです」
行員の説明では、偽造の疑いのある紙幣と硬貨を合わせた金額が『一万五百八十円』。あの女が店員に渡した金額と同じだった。
「少々お時間を頂く事になりそうですが……」
そう言った行員と共に、店長は警察の到着を待った。
タイトルと書き出し
『釣り銭を作る女』
このタイトル、お気付きだと思いますが、既にミスリードですね。
先ずここで印象付けたものを、再度本文で繰り返す事によって『釣り銭が必要な人なのかな』と、思って頂く訳です。
ミスリードの方法として、一番いいのは登場人物の誰かが、本当に間違った方向で物事を信じ込んでいるパターンです。これなら間違いと分かっていても、堂々と書けますよね? だってその人はそう信じてるんだから、仕方ないですよね。
「おいくらかしら?」
「はい、六百三十円です」
「じゃこれで」
店のタイプはわかりませんが、何かの販売について、お客さんと店員さんがやりとりしてる事は伝わると思います。
いつもの事ですが、特別な場合を除いて情報の開示は早い方がいいと思います。
そうする事で、残った文字数を物語の厚みを持たす事に使えるからです。
ユーモアとポイント
今回は書き始めの部分から、女の不可解な行動でスタートしています。このタイプのお話は、読者の方に出来る限り、オチまで疑問を抱えたままの状態をキープしながら読み進めてもらうのがベストです。
構成的に工夫するポイントとしては、前述の様に誰かは間違いを信じ込む。今回は『店長』がその役割を果たしています。
物語内で間違いを信じ込んでいる人が、更に誰かを信じさせる場合は、前者が立場的に上だと話がスムーズに進みますよね。
あの人
『何度も挨拶してるが、誰だかわからない人』
「なあ、シミズ君。君はあの人の事を知らないかなあ?」
「あの人って……」
「ほら、あれだよ。黒縁メガネをかけてて、スラっと背の高い、営業先で会うとにこやかに挨拶してくれる、あの人の事だよ」
「ああ、あの人ですか」
「知ってるのかい?」
「ええ。部長と一緒に居る時は、僕にも挨拶してくるんで」
「で? 彼は何て名前なんだ?」
「名前? 名前までは知りませんよ。だって部長の知り合いの方でしょ?」
「うーむ。そうなんだが……」
「部長、まさかあの人の名前知らないんじゃ……」
「実はそうなんだ。何度も挨拶をしてるんだが、名前どころか何処で何をしてる人かもわからん!」
「ええ‼︎ ま、まあ部長。もうこのまま挨拶だけしとけばいいんじゃないですか? だって今更聞けないでしょう」
「それがね、そうはいかなくなったんだ。昨日会った時にあの人が『明日、御社に伺います』って、声をかけてきたんだよ」
「じゃあウチの取引先の人じゃないですか? 営業部の方で分かると思いますが」
「そうだな、じゃあ聞いてみよう」
部長は会社に戻ると、直ぐに営業部の社員に聞いてみた。
「黒縁メガネに長身の、営業先でよく会う人ですよね? この情報だけで探すのも難しかったんですが、実は該当者どころか似た人も全く居ないみたいなんです」
「そうか困ったなあ。どうやらその人が、明日こちらに来るらしいんだ。何とかならんかね」
「そう言われましても、もう調べる手立てがありません」
「諦めるしかないのか……」
「そうですね。もう先方に直接聞いていただくしか……」
翌日、『あの人』が会社にやって来た。
「すみません、お忙しいところ」
『あの人』は相変わらず、物腰が柔らかかった。
部長は覚悟を決めていた。『あの人』が用件を切り出す前に、自身の無礼について謝罪しなければならない。部長は『あの人』に一歩あゆみ寄り、すぐさまお詫びの言葉を述べた。
「す、すみません。何度もお会いして挨拶を重ねておきながら、実はお名前も、どちらの会社の方かも存じておりませんでして……。誠に申し訳ございません」
「いえいえ、どうかお詫びなんかしないで下さい。実は私も全く存じないので、今日はそれをお聞きしようと思って来た訳でして……」
タイトルと書き出し
『あの人』
タイトルはシンプルに『あの人』です。勿論オチに深く関係があります。
人はある程度の年齢に達すると、どうしても『物忘れ』が出始める事があったりするんですが、今回は少々事情が違いますね。
「なあ、シミズ君。君はあの人の事を知らないかなあ?」
「あの人って……」
タイトルにあった様、書き出しでは『物忘れ』の話みたいに進んで行きます。
しかし、やっぱり『事情』が違うと言う事が徐々に明らかになってきます。
ユーモアとポイント
部長さんともあろうお方が、ただの物忘れでは無く、何度も挨拶を交わしている相手を全く知らない。ここがこの物語の面白さなんですが、更にそれをオチまでつき進めます。
ショートショートなどでは特に、物語の中にある『一貫性』がポイントであったりユーモアであったりします。
構成の『型』としての『一貫性』は様々な場面で役に立つと思います。
次回は、ショートショート『カメラがある時』の創作プロセス公開です。
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