文章のリズム(後編)
【CONTENTS】
『例文/ショートショート(アイちゃん)より』↓↓↓
反応による感情
他者に対してとった態度によって、本人の感情の状態を描く事が出来ます。
それは笑ったり怒ったりと言った直接的な表現ではなく、感情を表に出さない動作などによるもので、これは全体的なものとして現れます。
「アイちゃん」
小学生ぐらいの女の子が声をかけてきたので、私はニッコリと微笑んだけど、その後は何もしなかった。そもそも『アイちゃん』は、私の本当の名前ではない。
●女の子に対するアイちゃんの反応は、実にあっさりしています。これは女の子がパンフレット配布の対象外で、特に何かする必要が無い為です。
この様な場合、一連の動作を句点を使わず読点のみで区切って一文で書きます。
【リズムを変えた場合の例】
「アイちゃん」
小学生ぐらいの女の子が声をかけてきた。私はニッコリと微笑んだ。でも、その後は何もしなかった。
そもそも『アイちゃん』は、私の本当の名前ではない。
●文章のリズムが少しゆったりしましたね。その分、あっさりした感じも和らぎました。しかし、そうすると『そもそも』以降の文章に違和感が出て来ます。文章の繋ぎとしてしっくり来ないので、『そもそも』を抜く等の、修正が必要になります。
興味と緊張感
人が何かに興味を示したり、置かれている状況に対し緊張している場合も、それは微妙な動作に現れます。その多くは動作から動作へのタイミングの部分です。
「アイちゃんかあ」
でっぷりとお腹の出た中年男性が呟いた後、私の前で立ち止まる。ジロジロと顔を眺めた後、ゆっくりと名刺を所定の場所に差出した。受け取った名刺を直ぐにスキャンするのも私の仕事だった。
●中年男性はお腹が出ていて、動きが少しスローなイメージで描いています。
セリフ自体をこういう風に書くことで、その動きを表している訳です。
この男性は、実際に企業からの訪問者として来ているのですが、半分は興味本位の部分があります。
この男性がなぜジロジロと見ていたかという事は、オチで明らかになる訳ですが、ここでは伏線の一つとして書いています。
立ち止まった動作を『立ち止まる』としているのは、お客さんによって対応を変えなければいけない、アイちゃんの緊張感を表現しています。
こうする事によって、それ以降の動作が一連のものとして流れて行くのです。
【リズムと人物像(スローでない人)を変えた場合の例】
「アイちゃんか……」
中年男性が呟いた後、私の前で立ち止まった。ジロジロと顔を眺めた後、名刺を所定の場所に差出した。受け取った名刺を直ぐにスキャンするのも私の仕事だった。
●もう少しスリムな男性が、普通の早さで動作しているイメージになりました。アイちゃんの緊張感も無くなっているのが分かります。
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他者の反応による自身の状態
他者がとった行動によって、自身がどう映っているかを想像する事が出来ます。
通常は一連の動作である筈の中に、リズムの乱れが生じた場合です。
「ご来場いただきありがとうございます。こちらが弊社のパンフレットでございます」
「ふむ……。ありがとう」
そう言いながら、中年男性はもう一度私の顔をじっと眺めてから去って行った。
パンフレットは一般客なら『総合』のみ、既存客なら『新製品』のみ、新規の企業なら両方を渡す決まりになっている。
●中年男性のセリフですが、パンフレットを受け取った後に少し間があります。
これは男性が製品自体にはあまり興味がなかったと言うことを表しています。
それは、パンフレットを受け取る段階では時間の流れがゆっくりになり、しばらく眺めた後、すぐに立ち去っています。
これは興味が製品ではなく、他のことにあった事を表しているのです。
リズムによって、登場人物の心理状態を表すことも可能です。
通常、読者の方は読んだ文字で物語の状況を把握しますが、同時に文章のリズムによって、その雰囲気を感じ取っているのです。
【他者の反応を変えた時の例】
「ご来場いただきありがとうございます。こちらが弊社のパンフレットでございます」
「ふむ、ありがとう」
そう言いながら、中年男性は去って行った。
パンフレットは一般客なら『総合』のみ、既存客なら『新製品』のみ、新規の企業なら両方を渡す決まりになっている。
●中年男性は製品にもアイちゃんにも、あまり興味がない感じになりましたね。こうなると、オチへの伏線も無くなったに等しくなる訳です。
『ショートショートの書き方』を、作家の視点で詳しく『超解説』‼
興味の強さ
文章の語尾の処理によって、意味の強さや重さにも変化が出ます。例えば一つの事柄に対して、その人が持つ重要度の違いなどです。
この仕事もすっかり慣れたが、やはり気になるのは『アイちゃん』だ。私の本当の名前ではなく、愛称? ニックネーム? まあ、そんなところだ。これだけ毎日この名前で呼ばれていると、本当の名前を忘れてしまいそうになる。
●アイちゃんが気になっているのは『アイちゃん』と呼ばれている事であり、それが『愛称』かどうかについては興味がありません。そして、もっと重要なのは『本当の名前を忘れてしまいそうになる』事です。
この場合、重要な事は長く、そうでない事は短く書く事で、重要度に差をつけた表現をする事が出来る訳ですね。
【重要度を平均化した場合の例】
この仕事もすっかり慣れたが、気になるのは『アイちゃん』だった。私の本当の名前ではなく、愛称かな? ニックネームなのかもしれない。
これだけ毎日この名前で呼ばれていると、本当の名前を忘れてしまいそうになる。
オチの処理
ショートショートの場合『オチ』はとても重要です。様々な伏線を張って、最後の数行で『ネタばらし』となる訳ですが、『ネタばらし』がとても短いのは理想的で、とてもスマートです。
しかし、全ての作品がその様にかける訳ではなく、今回の『アイちゃん』は、ネタばらしに多くの文字数を必要とするタイプのお話です。
「HP-04S」
一瞬、何の事だか分からなかった。
「HP-04S!」
人型パンフレット配布ロボット、四号機スペシャル。顔には人工皮膚を用いて、豊かな表情を作る事が出来る。最新の人工知能を搭載し、記憶・判断・学習において、もはや人間に迫る能力を持つと評される。
所定の位置に置かれた名刺を自動でスキャンし、データベースと照合する機能も新たに追加され、パンフレット配布だけの集客ロボットから、データベースを用いた顧客管理やパンフレット配布の絞り込みによる経費削減など、付加価値を生み出し多くの予約注文を抱えている。
「HP-04S!!」
●アイちゃんの持つ機能を淡々と説明しているのですが、あえて読者の方が直ぐに理解がしづらい様に書いています。その方法として、
概略 → 特殊機能 → 市場でのポジションと進めていますが、これが『アイちゃん』である事を徐々に明らかにする為です。そして、最終的には『アイちゃん』こそが製品であり、会場でデモンストレーションを行なっていたのだと分かる訳です。
では、お腹の出た中年男性は何故来たのか? そう、名刺のスキャン機能を試したり、アイちゃんの表情を確認したかったのです。だから、じっと見ていたんですね。
【良くないオチの明かし方】
「HP-04S」
一瞬、何の事だか分からなかった。
「HP-04S!」
アイちゃんは人型パンフレット配布ロボットの、四号機スペシャルだった。顔には人工皮膚を用いて、豊かな表情を作る事が出来る。最新の人工知能を搭載し、記憶・判断・学習において、もはや人間に迫る能力を持つと評される。
所定の位置に置かれた名刺を自動でスキャンし、データベースと照合する機能も新たに追加され、パンフレット配布だけの集客ロボットから、データベースを用いた顧客管理やパンフレット配布の絞り込みによる経費削減など、付加価値を生み出し多くの予約注文を抱えている。
「HP-04S!!」
●先にネタをばらしてしまっているので、残りの数行は詳しい説明になってしまいます。伏線からのオチの説明としては問題ないのですが、それでは単なる伏線の回収作業になってしまい、物語の面白さは半減します。
人型パンフレット配布ロボット、四号機スペシャル
とだけ書くと、一瞬なんの事だかわかりません。先ずはこのキーワードだけを読者の方にインプットしてしまう訳です。そして、後の文章によって詳細を明らかにしてゆく訳ですね。
所定の位置に置かれた名刺を自動でスキャン
そして、この様な情報も盛り込んでゆく事で、これが『アイちゃん』の事だったと言うのがはっきりと分かってくる訳です。
小説に限らず、どんな文章でも句読点の位置や数量、その他三点リーダー『……』も有効な方法ですので、上手く活用してみられてはいかがでしょうか。
次回は、ショートショート『GIFT』の創作プロセス公開です。
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