ショートショート作家 R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

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(『野球』がテーマの作品例)新作ショートショート(3)/空振りバット

新作ショートショート(3)/テーマ(野球)

 

 

空振りバット

 

 

「じゃあ、明日の試合は九時開始だから、絶対に遅れるなよ!」

「ああ、わかってるよ!」

 世間の人が俺達の事を見たら、きっと仲の良い中年男二人に映るだろう。

 しかし、実際は違う。俺がアオキに抱いているのは『劣等感』の塊だった。さっき交わした約束にしても、何だかアオキに命令されている様で嫌な気分だった。

 高校の同級生だったアオキとは、こんな関係が既に二十年近く続いている。アオキは俺のそんな感情を全く知らない。それもその筈、アオキは常に俺の前を走っているが、必死について行こうとしている俺に気付いていないし、優越感も感じていないのだから。

 世の中には元々器用な人間が居る。そんな奴等に俺みたいな、常に劣等感を感じている人間の気持ちなど、きっと分かる筈がないのだ。

 俺がアオキと出会ったのは、高校の野球部だった。共に小学生から野球を始めていた。同じクラスの連中よりも、部活でのつながりの方が断然強く、気付けばアオキとは親友と呼べる様な仲になっていた。

 入部したての頃、ボールに触れられるのは、せいぜい球拾いの時ぐらいで、本当の練習は家に帰ってからの僅かな時間が勝負だった。真面目なアオキは、コツコツと練習を積んでいたようだ。

 俺は不器用な上に、バイトのお陰でアオキほどの練習量が積めず、二人の差は開く一方だった。

 二年生になる前に、アオキはレギュラーの座を射止めた。直ぐに活躍し始めて、他校にまでファンの女子が出来る程だった。俺は三年になってようやく試合に出れる事があったが、補欠と言うポジションに変わりはなかった。

 高校を卒業して共に進学した俺達だったが、勉強も出来たアオキは一流、俺は二流の大学だった。その後アオキは有名な商社、俺は無名の中小企業に就職し、すっかり会う事も無くなった。

 そんなある日、アオキと俺は街で偶然に出会う事になった。

「よう、タナカじゃないか!」

 俺を見つけて先に声をかけてきたのはアオキの方だ。

「いやあ、久しぶりだな」

 二人は互いに懐かしさに浸っていた。

「なあ、タナカ。今度会社の連中と草野球のチームを組む事になったんだけど、オマエも一緒にやらないか」

 一瞬、高校時代の劣等感が蘇った。

「俺たち、もういいオヤジだし」

 アオキは遊び程度の草野球だと言う。それなら気楽にプレー出来そうだったので、俺はチームに参加する事にした。

 チームを組んでから三ヵ月後、俺とアオキの関係は高校時代と全く変わらなくなっていた。

 草野球でも成績優秀で、年齢の割に爽やかなルックスのアオキは、ママさん世代の女性ファンがついていた。やはり周りから注目されていたのだ。俺の方は目立った活躍もない、ただの中年オヤジだ。もちろん女性ファンなど一人も出来なかった。

 アオキはホームランをよく打つ。注目されない訳がなかった。俺は思った。もう自力では無理だ。せめてアオキとの差を縮めたい。俺が伸びないのなら、アオキが落ちてくれればいいのだ。

 仕掛けは簡単だった。知人に野球のバットを製作してる人がいて、ちょっと細工をしてもらうのだ。

「罰ゲームで使うんだよ。そう、バットの芯の部分を細工して、当たってもちゃんと飛ばないようにして欲しいんだ」

 バットの出来は完璧だった。何度やっても上手く飛ばない。俺はこのバットをアオキの誕生日にプレゼントした。

「お前にもっと活躍してほしいんだ。ちゃんとオーダーで作ったんだぞ」

「あ、ありがとう。大事にするよ」

 アオキは心底喜んでいるようだった。おまけに『お前は本当の親友だ』とも言った。それを聞いた時はさすがに胸が痛んだ。しかし、それもこれも二人の関係を保つためだ。アオキが俺を引き離しさえしなければ、俺はずっとお前の親友でいられるのだ。

 バットの効果は抜群だった。何度やってもアオキは打てない。まるで別人の様だった。アオキの成績はみるみる落ちていった。

 しかしアオキは努力家だった。少しずつバットの特徴をつかみ、ホームランこそ出ないものの、少しずつヒットが打てるようになっていった。

 アオキはバットが悪いと言う事に、きっと気付いているだろう。しかし、それを口にはしない。俺からの大事なプレゼントだ。決して違うバットを使おうとはしなかった。

 アオキの打率は少し回復したものの、以前ほど注目されなくなった。その様子を見て少し安堵する反面、自分でもつくづくつまらない事をしたと思った。

 あのバットで、アオキはもうホームランを打てない。

 しかし、アオキは地道にヒットを重ねる。塁に出たアオキは瞬足を生かし、今は『盗塁王』として、再び注目を浴びようとしている。

 

 

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