コラム/小説はどのように完成するのか❹(後編)
【執筆編】(ショートショート/異音)
前回のコラムで、ショートショートの中でも特に重要な『伏線とオチ』までが決まりました。それまでに作り上げた『構成』を元に『伏線』を張り、『オチ』へと導く訳ですが、今回の『執筆』によって、最終的な『構成』が完成するのです。実際の完成品を見ながら、その手法についてご説明します。
ショートショート『異音』の全文はこちら↓↓↓
【CONTENTS】
- ❶夫婦は以前から仲が悪い
- ❷妻は夫の浮気を疑っていた。
- ❸夫の携帯電話から聞き慣れない着信音。届いたメールで浮気を確信した。
- ❹いつもの外出のフリで夫を誘い出す
- ❺斜面に止めた車に夫を潜り込ませる
- ❻夫の頭が割れると言う状況
- そして最後に
❶夫婦は以前から仲が悪い
「なんだか変だわ」
運転席のミホは、そう言って路肩に車を停めた。
「何が変なんだい?」
マコトは声をかけたが、あまり心配していなかった。ミホは機嫌が悪い時も同じ台詞を吐く事があるからだ。
二人で外に出ると些細な事から喧嘩になる事が多かった。何事も無く一日が終わる事の方が珍しい。
今日もそうだ。ミホが珍しくドライブに行きたいと言い出し、とりあえず家を出た。行き先は未定で、これもいつもの事だった。
ミホのその日、その瞬間の気分で行き先が決まる。事前に予定した通りに何かをやった記憶は殆ど無かった。
●日頃から夫婦仲が悪く、夫が妻に無関心であり、尚且つ妻の気まぐれな性格を表しています。
【現在のやり取り→過去の出来事の順で書く】
→先ずは疑問から入り、その理由を徐々に明らかにすると共に、人物間の関係も描く事で、先への文章に対する興味が湧きます。
❷妻は夫の浮気を疑っていた。
❸夫の携帯電話から聞き慣れない着信音。届いたメールで浮気を確信した。
「ミホ、助けてくれ!」
ミホはマコトの危機に全く反応する事なく、ゆっくりとしゃがみ込み、マコトにむかって囁いた。
「変な音がしたのよねえ。車じゃなくって……貴方のスマホから。メールの着信音かしら? 聞き慣れない音がねえ」
ミホは気付いていたのだ。メールの事も、浮気の事も……。
ミホは一応、救急車を呼ぶ準備をした。慌てず、ゆっくりと。これはきっと事故なのだから……。
●妻が夫の浮気を疑っていた事、それを知り得た理由と、その結果どうなったかを描いています。
【被害者=緊迫、加害者=余裕】
→身動きが取れず、死の恐怖が迫っている相手に対して、危害がゆっくりと加えられる様子は、恐怖のレベルとしては大きいと思います。被害者に死ぬ以外の選択肢が無くなった時、多くの人は一瞬でそれが通り過ぎる事を望むでしょう。しかし、それを加害者がコントロール出来るとするならば、その長さは、被害者への憎しみの深さに比例するのかもしれません。ここでは恐怖感を高める手法をとりました。
❹いつもの外出のフリで夫を誘い出す
「あなたの運転じゃ車酔いしちゃうわ」
ブレーキのタイミングがどうだとか、ハンドル操作がこうだとか、こちらに言わせれば、スマホの画面に釘付けになって、呆けているから酔ったりするのだと言いたいところだ。しかし言葉を飲み込む。
「私が運転するわ!」
家を出てから十分ほど経った時の事だ。信号待ちで突然大声をあげ、こちらを見た。仕方なくマコトは車の後部を回って助手席に着く。ミホは最短距離で運転席に移動した。
勝ち誇ったような表情でミホはハンドルを握り、座席の角度と位置を直す。結局、運転はミホがする事になったのだ。
●夫に代わって妻が運転する様子です。夫は特に驚きません。つまり、過去にも同様の事があり、特別ではない様に描いています。夫も抵抗しません。無理な争いを避ける為です。夫にとって特別でない状況から、警戒心も生まれないのです。
→この流れの中、夫が仮眠をしたり居眠りしたりするのは、不自然な事ではありません。今回の作品では居眠りをしてしまい、気付けは山中に居たという設定です。
❺斜面に止めた車に夫を潜り込ませる
【A】
「山の方に行きたいわ」
ミホは自然が好きだと言うが、それを間に受けて揃えたキャンプ用品たちが、物置を占領している。いま乗っているオフロードタイプの軽自動車が最たる例で、高い車高のおかげで立体駐車場を選ぶ必要があった。
●最終的に車の下を覗き込む必要があります。普通の乗用車の場合、そのスペースがありません。そこでオフロード車に乗っている設定にした訳ですが、夫のキャラクターには合わない様に思いました。そこで、気まぐれな妻の好みによって、この車種になった設定であれば無理が無くなります。そして、それが思いつきによる意見だった裏付け、それは車だけでなくキャンプ用品などが、他にも使わず仕舞いになっている事で、より違和感が無くなるのです。
→いわゆる『木は森の中に隠せ』ですね。これは他のトリックなどにも応用が効きますので、是非試してみてください。
【B】
ミホが運転を始めてから異変を感じたのか、車を路肩に止めたのだ。首を傾げ、再び車を走らせた。
●妻が仕掛けた『罠』です。これは山中でもう一度、今度は車の下を覗き込む様に仕向けられます。
→『今日は車の調子がおかしい』と思わせる仕掛けです。
【C】
「やっぱり音が変だわ」
ミホの言葉で目が覚めた。仕事疲れか、マコトはしばらく居眠りしていたようだ。
車はすっかり山中に居て、ここが何処だか分からなかった。
ミホは山道脇の斜面に車を少し乗り上げ、エンジンをかけたまま停車させた。それから車を降り、体をかがめて車体の下を覗き始めた。
「いいよ、俺が見るから」
水色のワンピースに、低めのヒールを履いている。こんな格好で車体の下を覗き込まれたのではたまらない。いつも家を出てから予定を急に変えるから、出先と服装がちぐはぐになるのだ。計画性の無さは慣れっこだった。
●【B】からの流れで、更に夫を車の下に潜り込ませる仕掛けです。
→ワンピースのまま車の下を覗き込んだのは、勿論その計算があっての事です。
❻夫の頭が割れると言う状況
【A】
「一体何処から音が聞こえるって言うんだ?」
車を降りたマコトは、前輪のちょうど後ろ辺りに頭を突っ込み、エンジンルームの底を覗いて見ようとした。
次の瞬間だった。緩い坂に乗り上げていた車が下がってきたのだ。マコトは避ける間が無かった。ミホが引いたサイドブレーキが甘かったのだ。
左腕と頭にタイヤが半分くらい乗り上げて、ちょうどマコトを押さえつける形で静止した。
●サイドブレーキの甘さは普段からのものですが、今回はもっと甘かった訳です。下がるタイミング等、細かい部分になると設定上難しい部分が無くもないですが、計画的には『上手くいけば』との思いで妻は仕掛けています。
→あくまで『事故』なのですから。そして、これが『割れる』原因です。怖いですね。
【B】
山中に向かって来る救急車は、到着にどれだけ時間を要するだろう?
車体の重みはどんどんマコトの頭部にのしかかった。
薄れゆく意識の中、マコトはかつて聞いた事のない『異音』を、頭の中で最後に聞いた。
●『頭が割れた』経験がないので、どんな音か分かりません。しかし、この感覚は読者の方々の中には、ちゃんとあるんですね。『かつて聞いた事のない』と言う表現が、それです。小説内で読み手によって感覚が違うものは、この様な表現が適しています。
→変に『擬音』や『形容』を加えない方が良い場合があるのです。この手法によって、多くの人が楽しめる文章になる訳ですね。
そして最後に
小説は今回の執筆段階がとても重要です。書き手の方によって、何処に重きを置くかは変わって来る訳ですが、私の場合は今回の『執筆』がそれなのです。実はこれまで四回に分けてご説明した工程は、全て頭の中で行っています。
普段は『テキストエディタ』にいきなり文章を書き始め、今回の『工程』にあたる部分は、それぞれ多めに改行して区切りをつけています。そして、必要があれば『カット&ペースト』で文章を入れ替えて、徐々に作品を整えると言う流れで書いています。
あくまで『一人の書き手』としての『手法』ですが、何かご参考にしていただければ幸いです。
次回は、ショートショート『白い壁』の創作プロセス公開です。
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