ショートショート作家 R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

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(『アリバイ』がテーマの作品例)新作ショートショート(7)/目撃証言

新作ショートショート(7)/テーマ(アリバイ)

 

 

目撃証言

 

 

 

「奥さん、金曜日の午後十時から十二時の間、ご主人がこの家に居たのは間違いないんですよね?」

「何度も同じ事聞かないで! 主人は確かにここに居たわ」

「そうですか、わかりました……。奥さん、もしご主人から連絡があれば、直ぐこちらに知らせてください。何せご主人には『強盗』の容疑がかかってますから。

「分かったわ。そんな容疑なんて、私が晴らしてみせるから」

 その言葉に、刑事たちは無反応だった。彼等の姿が見えなくなると、シズエはキッチンに戻り、昼食の準備を再開した。

 今がちょうど食事時である事、そしてそれがパートに出る間際である事は、承知の上での訪問だろう。余裕の無い時間帯に現れて、シズエが感情的になって『ボロ』を出すのを狙っているのだ。

 シズエは自宅からほど近い、工場にパート勤めをしていた。夫の収入でやりくり出来ない訳ではなかったが、子供も居ない家庭の中で家事だけこなす日々は、少し時間を持て余す。近所の工場が、短時間のパートを募集していたので、直ぐに応募して採用となった。面接担当者曰く、勤めに出る人の大半が、もう少し長い勤務時間を望むそうだ。そもそも応募者が少なかったらしい。 

「せめて、夕方に来ればいいのに!」

 シズエは一人、刑事達への愚痴をこぼしながら午後の仕事に備えた。

 この時間帯の訪問者は、やはり精神面に悪影響を及ぼす。刑事たちの思惑通り、シズエは余裕のある対応が出来なかった。刑事たちとは、あまり目を合わせない様にした。

 何処かに不自然な点は無かったか? 怪しい部分は見せなかったか? 心の中は不安で一杯だった。

―嘘をついている―

 これはまぎれもない事実だ。しかし、強盗にシズエが関与している訳でもなければ、もちろん夫の犯行な訳がない。

 刑事の話については、むしろシズエが驚いているぐらいだ。強盗事件など寝耳に水の話だった。

 夫に容疑がかかっているだって? 一体どう言う事だろう。目撃者の証言らしいが、それは百パーセント間違いだ。金曜日の夜に、夫が強盗など出来る筈がなかった。夫はちゃんと家に居たのだ。ここではなく『あの女』の家に。

 シズエの嘘の部分とは、金曜日の夜に夫と一緒に部屋に居たと言う事だ。次の日である土曜日は確かに夫は家に居た。『あの女』と一夜を明かした事で揉めた日だ。

 よりによって、刑事が聞いてきたのは女の家に居た夜の事で、そんな話は出来る筈もなく、ましてや『あの女』に夫のアリバイ証言をさせるなど、死んでもお断りだと思った。

 シズエの対応には、疑わしい部分もあっただろう。嘘はあまりつき慣れていない。

 あの対応がどれほど刑事の気持ちを満たし、どの程度捜査を前に進めるものであったかわからない。ただ、シズエが何かしら刑事に嘘をついている事だけは、きっと気付かれたに違いない。

 強盗は隣家に住む老人宅に押し入ったそうだ。目撃者の証言から得た情報が、夫によく似ていると言う。

 夫は一体、どの程度疑われているのだろうか。シズエには分からない。しかし、そんな根も歯もない疑いは、絶対に晴らさなくてはならないのだ。

 刑事の話では、今回の事件での怪我人は居ない。いい加減な目撃証言のお陰で、家庭内の問題を他人にさらす必要もないだろうし、何よりシズエのプライドが許さなかった。刑事たちには、やはり事実は告げられない。

―夫は浮気をしている―

 半年ほど前から夫の行動に不審な点が出始め、最近では朝帰りをすることもあった。親しげに女と一緒にいるところも、複数の知人が目撃していた。

 事実を確かめるべく、シズエが夫の携帯電話を調べると、明らかな証拠が幾つか見つかり、それは確信となった。

 問題となっている金曜日の夜、夫のアリバイを証明出来るのは、浮気相手の女だけだ。しかし、その役をシズエが何としてでもやらなければならなかった。

―夫が強盗なんて絶対に出来る筈がないわ―

 シズエは夫を信じていた。これは愛情ではなく信頼であり、何に対しても真面目で一途な夫の姿は誰よりもシズエが一番良く知っていた。

 夫は本当に真面目な人間だった。そう、真面目過ぎたのだ。仕事にしても、女性関係にしても……。

 夫が真面目であるが故、浮気はやがて本気になった。単なる遊びに留まっていたならば、許せた事かもしれなかったのに……。

 シズエの家の近くでは、昼間に来ていた刑事たちが張り込みを続けていた。

「あの女、嘘ついてますね」

「ああ、事件のあった夜に夫と一緒に居たってのはな。でも、そろそろ話してみるか……。近所の人が見た夫の姿ってのは、強盗じゃなくアンタが庭に埋めてたとこだって。

 

 

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