ショートショート作家 R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

小説の書き方ブログ。ショートショート作家 R・ヒラサワが自身の作品を用いて詳しく解説。新作随時公開中!

(『デジャヴ』がテーマの作品例)新作ショートショート(11)/夢の続き

新作ショートショート(11)/テーマ(デジャヴ)

 

 

夢の続き

 

 

 

「この光景は、確かに見た事がある……」
 男は見覚えのある街の中に居た。それはかつて、小学生時代を過ごした、小さな街に違いなかった。
 記憶にある光景と比べると、ある程度変わった場所もあったが、特徴的な地形と当時からあるタバコ屋が、男の記憶の裏付けとなった。
 問題は、ここまで来た交通手段だ。通常ならば、電車とバスを乗り継ぐ筈だが、その気配も無く、気付けばここにいた、と言う感覚だった。
 男は意識の中で、うっすらと現実世界ではない事を感じてはいたが、自分の意思ではどうする事も出来なかった。今は、夢の中にいるのだ。
 男は自力で目覚める事が出来なかった。と言うよりも、むしろ目覚めたくなかった。何故なら、この先に楽しい展開が待っているからだ。
ー夢の中では、いつもこうだー 
 街の中をしばらく歩くと、いつも左手の角にタバコ屋が現れる。そこを曲がって二つ目が紳士服の店だ。この店に入ると必ずいい事がある。
 いつも通り、ずらりと並んだスーツを眺めながら、店の奥へと進んでゆく。そうすると、期待通り一着だけ他と不釣合いなスーツを発見するのだ。
 ありえない事だが、これは客が試着をしたまま忘れていった物なのである。それが証拠に、中にかかっているパンツとジャケットが、色も柄も合っていなかった。
 男はジャケットを羽織って、内ポケットに手を忍ばせる。そこには幾度か触れた事のある感触があった。
ー財布だー
 ただの財布ではない。それは、ポケットから取り出すのも苦労するほど、分厚く膨らんだ代物だ。
 中身は全て一万円札の様だが、その額が一体いくらになるのか、見当もつかなかった。
 男は迷わずそのジャケットを自分の物と取り替えて、逃げるようにその店を出る。店員は追って来ない。しかし、しばらく走ったところで目が覚めて、いつもこの先の続きが見れなかったのだ。
 今日は日曜日だった。男は今朝もあの夢を見た。いつもと同じパターンで、目覚めるタイミングも同じだった。しかし、今日はやけに夢の事が気になった。何度も同じ光景を見ているのに。
「とりあえず行ってみようか……」
 男はその目的の為、昨日着ていたスーツで出かける事にした。
 夢の中に出て来る場所は実在する。男はそこで生まれ育ったのだ。現在の自宅からは、電車とバスを乗り継がなくてはならなかった。
 移動には二時間近くかかった。子供の頃に見ていた懐かしい場所は、今でもある程度残っていた。近隣の街に比べると、少し発展が遅い様に思った。
 角のタバコ屋は残っていた。ここは大事な目印となる場所で、かつての同級生の家族が営んでいたが、今ではどうなっているのか分からない。
 タバコ屋の二軒先に、やはり紳士服の店はあった。それは夢の世界と同じだった。
ー夢の続きには、何があるのかー
 男は迷わずその中に入り、スーツのコーナーへと向かう。夢で見た時とは少し雰囲気が違ったが、奥へ奥へと進んで行った。
 ズラリと並んだスーツは、大きく色ごとに分けられていたが、その中に一着だけ違和感のある物が混ざっていた。
ーやっぱりー
 男の脈拍は、一気に上昇した。落ち着かなければならない。夢で何度も見たのとそっくりな光景が、いま目の前にあるのだ!
 心臓が今にも口から飛び出しそうなくらい、大きな脈を打っていた。
ー落ち着け、落ち着けー
 心の中で何度も言い聞かせてみるが、体は言う事を聞かない。夢の時の様に冷静ではいられなかった。
 意を決して、男はそれを羽織った。これは『試着』だ。だから落ち着いて鏡の前に立ってもいいのだ。
 何とか落ち着きを取り戻そうとした瞬間、不意に店員が近づいて来た。
「あっ!」
 男は思わず声を上げ、小走りに出口へと向かい始める。
「お、お客さん!」
 店員の声に耐えきれず、男は店を飛び出し、表の通りを全力で走り出した。
 しばらくして確認した後方に、店員の姿は無かった。どうやら、後を追って来なかった様だ。
 そして今度はゆっくりと歩きながら、すり替えたジャケットの内ポケットを探ってみたが、そこには『札束』どころか、紙くず一つ無かった。男は単に、自分が『窃盗』を犯してしまったのだと悟った。
 店の中では店員が二人、何やら話し合っていた。
「さっきのお客さん、ジャケットを試着したまま出て行ったんです!」
「ふーん、どうせ泥棒だろう。まあ、いいさ。あそこは安いスーツのコーナーだから通報するまでもない」
「でも……」
「それよりも、店の周りを警官にウロウロされた方がよっぽど迷惑だ。客が寄り付かなくなるし、ウチの評判だって悪くなるかもしれん」
「そうですか……。ただ、お客さんが置いて行ったジャケットには封筒があって、その中には大金が……」
 男がボーナスを手渡しされた翌日の、昼の出来事だった。

 

 

 

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