ショートショート作家 R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

小説の書き方ブログ。ショートショート作家 R・ヒラサワが自身の作品を用いて詳しく解説。新作随時公開中!

(『クレーム』がテーマの作品例)新作ショートショート(23)/クレーマー・クレーマー

 


新作ショートショート/テーマ(クレーム)

 

 

クレーマー・クレーマー

 

 

 スギヤマは今日もクレーマー対応をする羽目になった。なにも好んでこの業務を担当している訳ではない。十年ほど前に現れたクレーマーに、たまたま上手く対応出来ただけの事だった。
 しばらく経ったある日、上司から呼ばれた。向かった先には、新たなクレーマーが待っていて、結局上手く場を収めてしまった事で、『クレーマー対応』は、スギヤマの正式な担当となってしまった。
 スギヤマの勤務先は『書店』と名が付いているが、基本的には『雑貨店』である。かつてメインだった『本』の売り場は二割程度まで減り、今は『家電』から『食料品』まで揃っている。元々あった『文具』においては、自社製品の開発も手掛けていて、既に店頭には複数の商品が並んでいた。店舗数も少しずつ増えており、社長は全国展開を目論んでいる様だ。
 最近の胃痛は深刻だった。きっと良くない病に犯されている。この担当を離れたい思いを吐き出したいところだが、妻に話そうものなら、余計な『ツッコミ』を入れられ、症状は更に悪化する事だろう。
 スギヤマがクレーマーに上手く対応できたのには理由がある。以前に勤めていた会社の『相談役』は、長年百貨店に勤めており、定年後に複数の会社をサポートしていた。お客様対応のスペシャリストであるその人物から、ある程度レクチャーを受けていたのである。
「クレーム対応の基本は、先にお客様の意見をしっかりと聞く事です。しかし……。ただ言われっぱなしでは、何の解決にもなりません」
「では、どうすれば?」
「相手の話を聞きながら、頭の中で矛盾点を探るんです」
 通常クレーマーは、いかに自分が正当であるかを強く主張してくる。先ずは相手に、どんどん話をさせるのだ。
 そして気持ちよく話しているうち、調子に乗って思わず『ボロ』を出してしまうそうだ。それはとりあえずキープしておき、頭の中を整理する。次にタイミング良く『ボロ』に対して『ツッコミ』を入れる作戦だ。
 重要なのは後のフォローで、こちらからの『ささやかなサービス』を付ける。これで相手は恐縮するが、更に追い討ちをかける。『大事なお客様アピール』でとどめを刺すのである。
 過日、クレーマーだった相手が、リピーターの上客に変わる事は、実に多いと言う話だ。
「スギヤマさん、ちょっと……」
 今日スギヤマに助けを求めてきたのは三十代の女性販売員で、彼女はいつも明るく爽やかで、知的な雰囲気はお客からの評判も良かった。
 しかし、クレーム対応には弱い。彼女の穏やかさにつけ込んで、攻撃を仕掛けてくるのだ。
 今日の相手は『強者』だ。過去にスギヤマが何度か対応している。巧みな話術で何かと店に損失を与えている人物で、上手くさばけず高価な商品を持ち帰られた事もあった。
 前回はスギヤマのブロックが完璧だった。そのまま男を帰らせ、店は無傷で済んだのだ。それから半年ほど男の姿を見なかったが、今日は前回の『リベンジ』のつもりかもしれない。
 スギヤマはあの時のレクチャーを、頭の中で回想する。少し『ハイ』になったらスタンバイ・オーケーだ。
 彼女が担当する文具コーナーに向かうと、直ぐに異彩を放つ人物が目に飛び込んできた。問題の『クレーマー男』である。
 売場がいくら明るいとはいえ、あのドス黒いサングラスでは、商品さえ見えにくい筈だ。
 男が一歩、スギヤマに歩み寄る時、床のケーブルカバーにつまづきかけたが、それでも男はサングラスを外そうとはしなかった。
「先週ここで買ったんだけどねえ……」
 クレーマー男の口調は、いつも穏やかだ。しかし警戒心を解くにはまだ早い。
 男の手には、『ケース付き』のスマホが握られている。ケースは自社で開発したもので、最近の売れ筋商品だ。その視線の先には、商品プロモーション用の小さな液晶モニターがあり、そこには、男の持つそれと同じ物が映し出されていた。
 時折、サングラスに反射する映像が歪んで見え、まるで男の心中を映し出している様だった。スギヤマは再び腹部に痛みを感じた。本当に悪い病気かもしれない。
 男の主張では、プロモーションより低い位置から落としたにも関わらず、スマホの画面が割れてしまったとの事である。
 動画では外国人がオーバーアクションで商品をアピールしているが、陽気な笑顔は無駄に安心感を与え、大きなジェスチャーは落とした位置を余計に高く見せた。
「お客様、この動画は……」
「分かってるよ。大げさなんだろう? 私が言っているのは説明書に書いてある『二メートル』より低い位置の事なんだよ」
 この商品は、確かに二メートル、いや三メートルでも大丈夫だろう。スマートフォンを覆う部分は最新の衝撃吸収素材で、従来の物とは比較にならない。特に画面周辺部分は大きく厚みを持たせ、しっかりとガードする構造だ。
 しかし、これはあくまで平らな面に落とした場合の話で、例えば大きな突起物がある様な、そんな場所では、画面が割れる事もある。
 男のスマホ画面の中央には、明らかに尖った物が食い込んだ様な痕があった。
 スギヤマはあの日のレクチャーを回想する。この事実を指摘するタイミングは『今』ではない。相手にもっと話をさせて、『その時』を待つのだ。落とした面が『平らではなかった』と言う事に触れる時だ。
 終始スギヤマは笑顔を絶やさず、男の話を根気よく聞いた。一般的なクレーマーに比べ、口数が少ないのが厄介だった。
「落ちた場所? うーん、ちょっと平らじゃなかったかもなあ……」
 男の口調が少し軟化した。すかさず此処で、こちら側の提案をする。内容はあくまで少し譲歩したものである。先ずは様子を探る。
「お客様いかがでしょう? そのケースの代金をお返しするというのは……」
「ケース? いやいや、こっちは問題ないさ」
 想定通りの回答だ。次は本命の提案だった。
「でしたら、保護フィルムの方はいかがですか? お調べしましたところ、加入されているサービスで本体は保険で交換可能かと。しかし、保護フィルムはお客様負担となる様ですので、こちらを当店でサービスさせて頂きますが……」
「ううむ……。悪くはないね。じゃあ、それで頼むよ」
 意外にも男はあっさりと提案を受け入れる。
 スギヤマは元々貼っていた保護フィルムよりも、少し高価な物である事をさりげなく告げた。貼り付けは自分でやると言うので、それを手渡しすると、男は大人しく帰って行った。
 後日、また男がやって来た。
「今日はね、そんなに難しい話ではないんだ。この間、あんたと話をしてて気づいたんだがね、その商品のこの部分を、こんな風に……」
 スギヤマは驚いた。男の話はとんでもないアイデアだった。
「かしこまりました……」
 スギヤマは直ぐにそのアイデアを、開発の担当者に伝えた。
「ほお、そりゃいいアイデアですね! 早速試してみます。しかしスギヤマさん、よくそんな事思いつきましたね」
「いや、これは……」
 この開発担当者は、いつも人の話をちゃんと聞かない。社内では『スギヤマのアイデア』として伝わってしまった。
 この会社には、優れたアイデアに『金一封』を出す制度がある。社長が元々アイデアマンで、それがなければ此処まで会社は成長していなかったに違いない。今後の会社の発展には、個人のアイデア意識が不可欠であると社長は考えている。
 スギヤマは今回の流れ上、『金一封』を受け取る事になった。
 その後も例の男はやって来た。そしてまた、スギヤマにアイデアを伝える。開発担当者は、案の定話を聞かない。スギヤマはすっかり『アイデアマン』として、一目置かれる存在になっていた。
 ちなみに会社は『クレーマー対応』に重きを置いていない。それが証拠に、スギヤマが担当になったあと、これといった『昇給』も『金一封』も無かった。
 スギヤマは思う。今までのアイデアは全て『クレーマー男』から得たものである。それは社内で『スギヤマの手柄』として、幾分かの利益を得ている。しかし、男が何かを言ってきた訳でもないし、経過について尋ねられた事もない。
 だから、これは日ごろ胃が激しく痛むような業務に携わっている自分に対する『神様からのご褒美』なのだと思っている。きっとあの男はアイデアを誰かに伝えることで満足しているのであろう。
 『クレーマー』になり得るお客とは、そもそも繊細な部分を持っているからこそ、細かい事に気付く訳で、付き合い方によっては関係性が好転する事もあるのだと、スギヤマは改めて思った。
 アイデアの採用数が開発担当者を抜いてトップになったスギヤマは、その実力が認められ、昇給もした。
 あの男は結局『液晶保護シート』を手に入れただけで、今となってはスギヤマの大事な『協力者』となった。
 過日、スギヤマは上司から会議室に呼び出された。テーブルに積まれた書類の束は、全てスギヤマが出した『改善案』だった。
 その横に並べてある書類は、裁判所からのものであると説明があった。
「スギヤマ君。これまで君が出した『改善案』だが、全てキミのアイデアだと聞いているが、間違いないね?」
「いえ、それは……」
「裁判所からの通知では全て分かりにくい部分だが、どこかの特許侵害だと……」

 

 

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