ショートショート作家 R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

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(『クリスマス』がテーマの作品例)新作ショートショート(2)/サンタが来ない日

新作ショートショート(2)/テーマ(クリスマス)

 

 

サンタが来ない日

 

「ねえ、パパ。サンタさんは来ないの?」

 今年で五歳になる娘のアミが、朝から困った様子で私に尋ねてきた。こんな時の表情も、目元が私に似てとても可愛い。最近は大人の様に見える時があり、サンタを信じているかさえも疑わしく思う。

「うーん、それは……」

 私は困った。娘へのプレゼントを、行きつけのスナックに置き忘れてきたのだ。

「アミはずっといい子にしてたのに……」

「ああ、それはパパがちゃんと知ってるよ」

「じゃあ、何でアミの靴下にプレゼントが入ってないの? 今日はクリスマス・イヴでしょ?」

 今年のイヴは土曜日だった。去年のプレゼントは妻が用意したが、今年はどうしても無理だからと、私に頼んできた。

 イヴの前日である金曜日は、以前から上司に誘われて飲みに行く日だった。プレゼントの事を頼まれたのは、更に前日の木曜日だ。

「あなたの会社って百貨店近かったわよね?」

 商品名とメーカーを書いたメモを渡された。どちらも断れそうになかったので、プレゼントを買ってから飲みに行き、少し早めに切り上げる事にした。アミが寝ている間に靴下に仕込む予定だった。

「まあまあ。早めに帰っちゃうんだから、今のうちに飲んでおきなよ」

 上司の酒は断れない。いつもより激しく酔いが回ったようだ。早く帰る事は覚えていたが、肝心なプレゼントは置き忘れてきた。

 家に着く直前に、ママから届いたメールでプレゼントの事を思い出したが、既に電車での往復は無理な時間だった。

 上司とは居酒屋で飲んでいる事になっていたので、スナックの話は出来ない。プレゼントを買う時間が無かった事にして、イヴの昼間に買って来ると言った。

 問題はアミの方だ。大騒ぎするに違いない。案の定、イヴの朝はプレゼントの話から始まった。

「サンタさん、アミのお家に来るの忘れちゃったのかなあ」

 娘の控えめな一言は、私の心に大きなダメージを与える。

「やっぱり忘れちゃったんだよ。アミのお家」

 忘れた? そう、置き忘れたのだ。いつものスナックに。

「プレゼント、昼ごろ私が届けようか?」

 再びママからメールが来たが、その申し出は全力で断わった。本来は今朝、娘の用意した大きな靴下の中にある筈のプレゼントを、昼間に厚化粧をした怪しい女が届けに来たら、娘は混乱するに違いない。妻への説明となると更に困難だ。

「パパが煙突のお掃除をしないからよ!」

 娘の怒りが私の方に向いてきた。

「アミ。なんて事を言いだすんだい? 北欧の国じゃあるまいし、ウチに煙突なんて……」

「ちゃんとあるじゃない。アミは知ってるんだから」

 確かにウチには煙突があった。私はクリスマスが大好きで、おまけに北欧の国に強い憧れがあったから、家を建てる時に私の強い意向で造ってもらったのだ。しかし、二年ほど前から全く使わなくなった。今では暖炉の前を、大きなチェストが塞いでいる。

 当時三歳だった娘が、その事を覚えていると言うのだろうか? 私だって子供の頃の事など殆ど覚えていないのだから、娘もきっと同じに決まっている。

「あんな事があったから、きっとサンタさんは来なくなったのよ」

「あ、あんな事って……。アミ、一体なんの事を言ってるんだい?」

「パパがよく知ってる筈よ。きっとサンタさんは、まだ煙突の中に居るんだわ」

「アミ、何故その事を……」

 アミは全て知っている。だが、サンタはもうそこには居ない。

 毎年クリスマスには、弟がサンタの格好でやって来る。アミにプレゼントを渡す為だ。リアルなサンタの格好で。

 独り身だが子供好きな弟は、アミの夢を壊すまいと、クリスマスに来ている事は誰にも話していない。盆と正月だけ普通の格好でやって来るので、アミは弟が年に二回しか来ていないと信じている。

 二年前のあの日、家族だけでクリスマスパーティーをしてアミを寝かしつけた後、妻と二人で友人からもらったシャンパンを全部空けた。気付けば二人共居眠りをしていて、先に目を覚ました私は寒さのあまり暖炉に火をつけた。

 弟は既に煙突の中に居た。プレゼントが大き過ぎて、なかなか通れなかった様だ。

 あれは事故だった。クリスマスの日から行方不明になった弟について、年明けに警察が話を聞きにやって来たが、弟は盆と正月だけしかやって来ず、今年はまだ来ていないと答えた。周囲の人々にも、そう言う事になっている。妻もこの事を知っている。二人だけの大事な秘密だ。数日後、妻から高級バッグをねだられた。

 アミはツリーの近くに置いた大きな靴下をうんと広げたまま私の方を見た。それは私に似た優しい目ではなく、あの日の妻の目によく似ていた。

 そしてアミが言った。

「ねえパパ。今年のクリスマスは、うんと高いものおねだりしてもいいわよね?」

 

 

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