ショートショート作家 R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

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(『自動運転』がテーマの作品例)新作ショートショート(17)/安全装置

新作ショートショート(17)/テーマ(自動運転)

 

 

安全装置 

 


 例えば自動車がセンターラインを越えて対向車線にはみ出た場合、そこに相手の自動車があれば、それは正面衝突になる。その場合、双方の出していた速度が合計されるため、相当な衝撃が人体に加わる。事故の中でも正面衝突は死亡率が高い。

 各国の自動車メーカーも安全装置を装備した車種が増えており、衝突を避けるものや車間を一定以上保つものなど様々だった。そんな中、世界で最も安全性が高いと評される車種が登場した。それは、我らが日本のメーカーだった。

 そもそもこう言った装置は高級車から徐々に装備されてゆくが、今回は大衆車にも同時に装備されたので、その売れ行きは抜群だった。

 人は何を置いても、先ず一番に『健康』を手に入れなければならない。多くの財産や高い地位を手に入れても、健康を損ねたのでは元も子もないのである。ましてや命を落とそうものなら、全てがそこで終わってしまうのだ。

 男は『健康』だけが取り柄だった。『還暦』を前にして、多くの財産も高い地位も有していなかった。

 一年前、仕事中に事故を起こした。半月ほど入院したが、命に関わるほどではなかった。後遺症も無かったし、会社での席を空けてくれていたが、結局会社を辞める事にした。運転に対する恐怖心が出来たからである。

 男は全く運転できない訳ではなかった。幅の狭い道路などで対向車を近くに感じると、強い恐怖心が襲って来るのだ。

 これが休日ならば、経路を変えるなり、しばらく休むなりの対処法も考えられる。しかし、仕事で運転が業務に含まれているとなると、そうもいかないのである。優れた安全装置を装備した自動車の登場は、男が再びハンドルを握る大きなきっかけとなった。

 専門誌は皆、このシステムを絶賛していた。しかも価格は極限まで抑えられている。メーカー側の意図としては、高い安全性をアピールし、国内は勿論のこと、海外のユーザーを一気に獲得するのが目的の様で、安価な販売価格はこの車種限定だった。

 販売台数は大幅に記録を塗り替えた。それはメーカー側の想定を大きく上回り、購入者への納車を随分と遅らせる結果となった。

 納車予定日を一カ月ほど過ぎたある日、男の元にも優秀な安全装置を備えた自動車が届けられた。

 営業マンは簡単な操作説明の後、運転中の自動制御は勿論のこと、『キングコングでも開けれないドア』と『マンモスに踏まれても大丈夫なフレーム』と言うのが売りだとつまらない冗談を言ったが、とにかく全力でドライバーを守ってくれる自動車なのだそうだ。

 男は直ぐ車に乗ってみた。先ずは行き慣れた場所で、車の安全性を試そうと思ったのだ。最近凝り始めた『DIY』。マニアックな工具を手に入れたばかりで、更にレアなパーツを見に行こうと思ったのだ。

 車の操作は、なんら既存の車種と変わらない。特別な事をしなくても安全装置は正常に働くのだ。

 対向車が居ないのを確認した上で、故意にセンターラインをまたごうとしてみる。直ぐに車は軌道修正し、状況に応じて減速も勝手にやってくれる。正面に障害物がある場合は、ちゃんとその状況を把握して、安全な状態を保ちながらセンターラインをまたぐ様な操作も出来る。結果的には、優秀なドライバーがサポートしてくれていると言う、そんな環境なのである。

「素晴らしい!」

 男は思わず大きな声をあげた。そして、少しだけ開けていた窓を慌てて閉めた。

 一般道での安全性は見事なものだった。これなら安心して乗っていられる。調子づいた男は、更に別の場所を目指した。普段は近所のショッピングがメインなので、滅多に乗らない高速道路に乗ってみようと思ったのだ。

 男は『ETC』すら利用した事がない。スタートラインである高速の乗り口でさえも、戸惑っていたかもしれない。しかし、車の安全装置のアシスト範囲は広く、全てがスムーズに進んでいった。

 高速に乗ってからの車内は、実に快適だった。加速に減速、車線変更と、常にスムーズな動きだった。

 夢の様な時間を過ごす中、突如男は不安を感じた。バックミラーに映る外国製の高級スポーツカーが、物凄い勢いで迫って来たのである。

 スポーツカーは危険な車線変更を繰り返して、グングン距離を詰めて来る。真後ろに着いたかと思いきや、一気に男の車を追い抜き、その後も同様の行為を繰り返していた。

 次の瞬間だった。強引な追い越しをかけようとした時、スポーツカーの前方の車も同じ車線に移動したのだ。

 スポーツカーはすぐさま元の車線に戻ろうとしたが、そこに居た低速車に接触し、コントロールを失った。スピンし始めたスポーツカーに、後続車が次々と追突して、男の目前にあるのは車で出来た『恐怖の壁』だけであった。

「駄目だ……」

 男の口から声にならない『声』が漏れた。『避けれない』と思った。

 次の瞬間、強い衝撃と共に男の体は宙を舞った。車から投げ出されたのだ。僅か数秒である筈の空中での時間、男の頭の中に『スローモーション』で想いが巡る。

 何処が安全な車だ。キングコングでも開けれない筈のドアは簡単に開き、マンモスに踏まれても大丈夫だと言っていたフレームは、男を見放したではないか。

 男は『死』を覚悟した。そして同時に、この安全装置を信用した自分が馬鹿だったと思った。

 死の淵で思い出すのが、『あの営業マンの顔』。どこまでも不幸な人生だった。

 気付けば男は、高速道路の安全地帯あたりに居た。体には大きな布の様な物がまとわりついている。

 二十メートルほど後方に、男が乗っていた車が見えた。最初に事故を起こしたスポーツカーと、それに追突した数台と共に、黒煙をあげて激しく炎上しているのだ。

「そう言う事か……」

 男が布の様な物を引き寄せると、端の方に少し大きめのタグがあり、そこには注意書きがあった。

『脱出装置:万が一の事故の際は、この装置がお客様を安全な場所にお運びします』

 

 

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