R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

小説の創作プロセスを公開しています

番外編/投稿済み作品集(1)

投稿済み作品集(1)

 

この作品集は小説コンテストサイト『時空モノガタリ』様に投稿、掲載されていた物ですが、当ブログでも閲覧出来る様、掲載させて頂いているものです。

後に当ブログにて、創作プロセスを順次公開してゆきます。

 

【CONTENTS】

 

 

 

GIFT

 

  見覚えのある女の名で夫あての荷物が届いたのは、火曜日の夕方の事だった。アサミはその事が無ければ、今日が何の日か気付かなかった。夫であるタツヤの誕生日だ。

 結婚して九年目だった。お互い二度目で子供は居ない。日々を何となく過ごし、二人で出かける事も殆ど無くなった。それはタツヤが転職した事で、出費を抑える必要が出来たからだ。結婚して四年目の事だった。

 転職後、タツヤの仕事は順調だったが、以前ほど収入は見込めないし、昇給も期待できなかった。

 タツヤは女性を惹きつける魅力の持ち主ではない。しかし、賭け事や女性問題が無く、経済面と精神面の安定が再婚時の決め手だった。

 今は経済面が不安定になった。大事な要素の一つが欠けたのだ。この先、タツヤと一緒に居て大丈夫なのかと思う。

『空気の様な存在』。いい意味ではなく、悪い意味でタツヤはそれだった。アサミはタツヤから離れてゆく心を感じずにはいられなかった。

 アサミはパートに出ることにした。久々の勤めは順調だった。仕事を覚えるのが早いと褒められた。しかし一週間が過ぎた頃、周囲とのズレを感じ始めた。

 周りは同じような年頃の子供を持つ親ばかりで、共通の話題が無かった。子供が欲しかったアサミには辛い事だった。コミュニケーション不足は、居場所を徐々に狭くした。

「無理に勤めなくてもいいさ。俺が頑張って稼ぐから」

 タツヤの言葉を有り難いと思う反面、勤めに出た理由を考えると複雑だった。悩んだ結果パートを辞めた。

 アサミにとってタツヤの魅力は真面目さだけになった。少なくとも女性関係の問題は無い事を願った。しかし、最近になって女の影が見え始めたのである。

 女はタツヤの会社の客である。小さな会社を経営しているようだ。

「営業担当でもないあなたがどうしてその女と会わなきゃいけないの?」

「さあ、それは向こうが指名してくるそうだから……」

 何とも曖昧な返事だった。アサミが疑うのも無理はない。女とは既に二回も会っている。それも、夜の時間帯に二人きりでだ。

 その矢先に届いたのが女からの贈り物。しかもタツヤの誕生日に。

 アサミは女からの贈り物を睨みつけたまま、タツヤの帰りをじっと待った。

「ただいま」

 ほどなくしてタツヤが帰って来た。何故か、いつもよりも帰宅時間が早く、どこか様子が変だ。何かやましい事があるに違いない。

「それ、俺あての荷物かな?」

 まるで届くのを待っていたかの様、タツヤはそれを持って隣部屋へと消えていった。

 しばらくして戻ってきたタツヤは「先に風呂に入るよ」と、アサミの返事も聞かずに行ってしまった。

 隣部屋にはスーツが用意してあった。見たことのないネクタイも一緒だ。女からの贈り物はこれに違いない。滅多にスーツを着ないタツヤは、いつも早めに準備をする。シャツとネクタイをセットして。

 タツヤが風呂からあがるなり、アサミはネクタイの事を聞いた。

「ねえ、近々会議でもあるの? そこにあの女からもらったネクタイをつけて行くわけ?」

「ああ、そのつもりだけど。でも、俺が着る服に興味持つなんて珍しいね」

「そうじゃなくって、とにかくアレが嫌なのよ!」

 アサミは次の日、百貨店に来ていた。開店とほほ同時だった。

 女のネクタイは、それほど高い物ではない。経営者のくせにお金を渋るなんて、タツヤへの想いも知れたものだ。

 アサミはそれの三倍の値はするというブランドから、タツヤ好みのネクタイをじっくりと選んだ。お金に余裕も無いのに、何故こんな事をしているのか、自分でもよく分からなかった。

 アサミはその日の夕方、買ってきたネクタイと、手間をかけた料理をテーブルに並べ、タツヤの帰りを待った。

「あれ? どうしたの、これ」

 帰ってきたタツヤは、驚いて声を発した。

「あら、あなたの誕生日じゃない」

「え? 誕生日は昨日じゃ……」

「おめでたい事は後でも良いっていうじゃない? 一日長く生きたのよ。早く着替えて、ここに座ったら?」

 何年振りだろうか。こんな感じで声を掛けたのは。結婚当初は、こんなやり取りもあった筈だ。その日は久々にワインを開けた。

「あの女には、もう会わないで欲しいわ」

「わかったよ」

 タツヤはアサミの選んだネクタイで会議に出るそうだ。女からの贈り物はいつか処分してやろうとアサミが持っている。

 ゆったりとした時間が流れ、結婚当初に戻ったような気分になった。

『空気の様な存在』

 普段あまり意識しないが、無くてはならない大事なもの。アサミは改めてタツヤの事を想った。

 翌日、タツヤは例の女社長と一緒に居た。

「ねえ、どうだった? 私からの贈り物」

「お陰様で、上手くいきました。結婚当初のような感じです」

「でしょ? 女って他人に奪われると思うと、結構燃え上がる人が多いのよね」

 

 

 

 

挨拶の品

 

  半年ほど空いていた隣の部屋に、新しい住人がやって来たのは、日曜の午後の事だった。久々に私の部屋のチャイムが鳴ったのだ。

「ごめんください」

 ドアを開けて声の主を確かめてみると、それは二十代後半と思しき綺麗な女性だった。

「すみません突然。私、隣に引越して来た者なんですが、ご挨拶にと」

「ああ、そうでしたか。それはご丁寧に」

 最近では引越しの挨拶も珍しくなった。特にこのマンションは、ワンルームの割に広めではあるが、住人の殆どは単身者のようなので、おそらく挨拶に回った者も少ない事だろう。

 女性は私と短い挨拶を終えた後、同じフロアにある他の二軒も訪ねたいと言い出したので、一軒は会社の事務所に使っている様だし、残りの一軒も滅多に住人を見かけないので、挨拶は要らないのではないかと伝えた。

「そうですか。どうもすみません、ご親切に」

 そう言って軽く微笑む女性の目は、とても優しい印象だった。挨拶の品として、私はのし紙付きの石鹸を受け取った。

 それから数日後、仕事帰りの私は女性と通路ですれ違った。その隣には男性の姿があり、女性が軽く会釈した後、二人は部屋の中へと消えていった。その時の雰囲気からして、二人は恋人同士なのだろうと、私は思った。

 このマンションは三階建てで、ワンフロアが四軒、全戸十二軒の小さな建物だ。最上階にあるこの部屋は、階下の音は上がってこないが、隣同士は多少音漏れがあるようだ。これは以前隣に居た住人が、音楽を結構な音量で聴いていて、それが時々聞こえてくる事があったので知っていた。

 数日後、夜中に隣から大きな声がした後、乱暴にドアを閉める音、そして大股で歩く靴音が廊下に響き、それは徐々に遠ざかっていった。隣の二人は喧嘩をしたに違いない。

 次の日は平日だったにも関わらず、帰宅後しばらく経ってから、隣の女性が訪ねてきた。

「昨日はすみません。とてもうるさかったんじゃないですか?」

「いいえ。特に気にならなかったですよ」

 音漏れに気付かないフリも出来たのだが、いずれ分かる事だったので、正直に答えた。

「とにかく、すみませんでした」

 もう一度頭を下げた女性は、私に菓子包みを差し出した。それは引越しの時よりも少し大きい物だった。

「なんですかこれは?」

ちょっとした喧嘩の物音ぐらいで大袈裟だと思ったので、あえてそう聞いた。

「ご迷惑をおかけしたので、お詫びの品です」

「そんな。これぐらいの事で……」

「いえ、私の気が済みませんから、どうか受け取ってください」

 その言葉におされるまま、包みを受け取った。女性が帰ったあと中身を見てみると、高級な洋菓子のセットが入っていた。こんな時に単身者に渡すには、あまり高価な物だった。

 さらに数日後、今度は夕方にドスンと大きな音がして、同時に少し床が揺れた気がした。

 声は何も聞こえず、隣の女性も訪ねては来なかった。きっと家具でも動かしている最中に誤って倒しでもしたのだろうと私は思った。

 しかし、内心女性の訪問を期待している部分が少しあった。綺麗な人に会えるのは嬉しい事だ。だからと言って日常の物音ぐらいでお詫びに来る筈も無く、これは我ながら馬鹿な考えだと思った。

 次の日、仕事から帰ってしばらくすると、結局女性はやって来た。手に持っていたのは、前回と同じ高級洋菓子の包みだったが、更に少し厚みを増している様に見えた。

 正直なところ女性の訪問は嬉しかったが、過剰な気遣いは遠慮するべきだと思った。

「昨日は済みませんでした。とても大きな音を立ててしまって」

「そんな、全然気に……」

「いいえ! 絶対に聞こえていた筈です!」

 私の話を遮って、女性は大きな声で言った。

 その目には最初の時に見た優しさはなかった。

「いいんです、仕方ありませんから。聞こえてしまったものは。でも、もう大丈夫です。大きな声も物音も、今後は一切出ませんから」

 私に話す隙を与えないまま、女性は菓子の包みを押し付けて帰って行った。

 以前にも増して気になった包みを開けてみると、前回と同じ菓子のセットの底の部分から、封筒に入ったお札の束が出てきた。

 私はしばらく思案した末、女性が渡した菓子包みの本当の意味を悟った。

 その日以来、大きな声も物音も無くなり、女性も全く訪ねて来なくなった。その後は何の変化も無い平穏な日が続いた。

 唯一、変わった事と言えば、女性が数回に分けて大きなスーツケースを運んでいた事ぐらいだ。

 

 

 

 

帰れない

 

 「両親はもう居ないの」

 初めてケンイチに会った時、ミサキはそう話した。

 本当の事は客であるケンイチには勿論の事、周囲の誰にも伝えていない。夜の世界に生きていれば不思議な事ではなかった。

 高校生の頃、ある時期を境に両親と不仲になり、卒業を待たずして家出した。

 ミサキが住んでいたのは、他人にプライベートが簡単に知れ渡る様な小さな町だった。

 家出する前には『不良』や『非行』などと呼ばれる行為は一通りやった。

 その後すぐに都会に出て色んな仕事をやってみたが、自分には夜の仕事が一番合っていた。

 今の仕事は五年になる。出会いの様な事は一度だけあって、偶然にも同じ様な境遇で育った男性と同棲したが、半年ほどで別れた。

 ケンイチが初めて店に来たのは、会社の同僚と一緒だった。あまり慣れていない様子が新鮮で印象深かった。

 それから数日後、ミサキ目当てでケンイチが来店した。一人だったのは意外だったが嬉しかった。その後は度々来店する特別な客になった。 

 ケンイチから何度か食事に誘われ、外で会うようになった。ミサキはケンイチと話していると、とても楽しかった。ケンイチは真面目で純粋な人だ。二人の気持ちは既に恋人同士だったが、その関係はまだ深くなかった。

「ミサキちゃん。僕は君の事を真剣に考えているんだ」

「ええ、それはとても嬉しいわ。でも私達は、まだ……」

「ああ、そういう話? 僕は君の事をとても大事に思ってるから、そんな事は結婚してからでいいと思うし」

「結婚? それはもっと早いわ。だって私達まだ知らない事も多いし。それに……。結婚なんて、乗り越えないといけない大きな壁があるわ」

 ケンイチはその言葉を聞きながら、ミサキの目をじっと見つめて言った。

「じゃあ、先ずは君の両親に会いたい」

「え? 両親はもう居ないって……」

「ちゃんと居るんだろ? 本当は。さっき壁があるって言ったじゃないか」

「ああ、それは……」

 真っ直ぐなケンイチの目には、全て見透かされているような気がした。嘘はつけない。本当の事を話すべきかと少し迷った。

「ごめんなさい。両親はちゃんと居るの。でも、すごく田舎の町だから」

「そんなの気にしなくていいよ。とにかく会ってみたいんだ」

「分かったわ。近々実家に連絡してみる」

 ケンイチの熱意にミサキの心が動いた。

 何年間も音信不通だった自分を、母は受け入れてくれるのか。父はどうなのか。考えれば気は重くなる一方だった。

「僕だって長らく電話しなかったけど、親なんて声を聞けば、嬉しくなるもんだよ」

「そうかしら……」

 ケンイチの言葉に強く後押しされる形でミサキは実家に電話した。

「ああ、母さん……」

 ミサキの予想に反して、母の反応はとても良かった。

「ごめんね、母さん」

「いいのよ、謝ったりしなくって」

 電話の向こうで喜ぶ母の顔が目に浮かんだ。やはり会いに行こうとミサキは思った。父は不在だった。母から上手く話してもらった方が良さそうだ。

 長い期間、連絡出来なかった訳を一つずつ話していった。母は『うんうん』と、優しい声で応じてくれた。そして全てを受け入れてくれた。ケンイチの事を話すと、少し驚いていたけど、しばらく後に『わかった』と返事した。先ずは両親と会おう。ケンイチの事はそれからだ。

 以前の同棲相手は境遇が同じだったが、ケンイチは若い時代を普通に生きてきた人だ。ミサキを受け入れられるだろうか。一緒に暮らせるなら理想的な話だが。

 数日後、ミサキは休みを取って実家に帰った。すっかり変わった自分に母は少し戸惑った様子だった。

「あら、キレイになったわね……」

 父は今日も不在だと言うが、実は会いたくないのだと思う。

「あの部屋はあなたが出て行った時のままにしてあるの。もちろん掃除はちゃんとしてるけどね」

 母に促されて自分の居た部屋へと向かった。

「部屋の中って何も変わってないの?」

「そう言えば……。写真が一枚増えてるわね。近所の写真屋さんに頼んで、あなたが写ってるのを大きく伸ばしてもらったの。机の上に飾ってあるわ」

 かつてミサキが学生時代を過ごした部屋に入ると、母が言ったように直ぐに目に付く場所に写真が飾ってあった。高校の入学式の後、学校の近くで母が撮ったものだ。この頃はまだ両親との仲がそれほど悪くなる前だ。ちょっとした事がきっかけで、徐々にミサキの生活は乱れ、ついには家を出る事になった。

 部屋のドアには大きなキズが残っている。あれはミサキが怒って物を投げつけた跡だ。両親もこの家もミサキの全てを知っている。ここに来れば全ての過去を知られてしまうのだ。

 やはりケンイチを連れてここには帰れない。ミサキはもう一度、母が飾った高校生の頃の写真を見た。

 そこには学生服を着た、かつて男子高校生だった頃の自分が居た。

 

 

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