ショートショート作家 R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

小説の書き方ブログ。ショートショート作家 R・ヒラサワが自身の作品を用いて詳しく解説。新作随時公開中!

(初心者必見! 小説の書き方のルール)番外編/投稿済み作品集(3)

投稿済み作品集(3)

 

この作品集は小説コンテストサイト『時空モノガタリ』様に投稿、掲載されていた物ですが、当ブログでも閲覧出来る様、掲載させて頂いているものです。

後に当ブログにて、創作プロセスを順次公開してゆきます。

 

【CONTENTS】

 

 


新生物

 

 

「私にしてみれば、タチバナ君だって『新生物』の様なものだ」と、所長は心の中で思った。
 所長の居る研究所は、食品会社が百パーセント出資している子会社で、主に原料となる植物の研究をしており、品種改良による理想の苗を開発するのが目的だった。
 数名いる研究員の中で、一番若手のタチバナは、所長と親子ほど年齢が離れていて、その扱いに頭を悩ませていた。
 基本的に打たれ弱い。注意するにも気を使う。ネット世代の象徴か、知識だけは豊富に持っていて、常にプライドが高かった。
 タチバナの経験不足は直ぐに結果に表れた。現場で想定外の事に対応出来ない。しかし、それを乗り切るだけの言い訳は巧みだった。
 タチバナは使い物にならない……筈だった。だが、彼はとんでもない物を見つけてしまった。しかも偶然にだ。
「所長、これが例の新生物ですよ」
 彼はプラスチックを食べる新生物を発見したのだ。
「でも、どうやって見つけたんだい?」
「土を入れるケースが見当たらなかったんで、コンビニ弁当の袋に移したら穴が開いてて……」
「あの土は海外から取り寄せた貴重な培養土だぞ! 研究に影響するから無関係な物は持ち込むなと……」
「でも、それが良かった訳で。発明や発見の多くは偶然だって、所長が言ってたじゃないですか」
 所長は言葉を返す気力が無かった。
 過去に同様の生物が居て、ハチノスツヅリガの幼虫は、百匹で普通のレジ袋を一カ月弱で消化する。しかし、新生物はそれをはるかに上回るとタチバナは言う。
 もし、それが本当だとしたら、世界中のプラスチックゴミの問題を解決出来るかもしれないし、少なくともこの発見が注目を浴びる事は間違いなかった。
「しかしタチバナ君。いくらを早く食べたとしても、幼虫が成虫になった時、それをやめてしまうんじゃないかな?」
「大丈夫です。食べるのは幼虫じゃなく、成虫の方ですから」
「成虫が食べるのかい? でも、それだったら、どうして今まで誰も発見できなかったんだろうね?」
「それはこの虫が一生土の中にいる事と、食べる時期が限られているからですよ」
 タチバナの態度は明らかに大きくなっている。しかし、発見者は彼だ。我慢して話を聞くしかなかった。
「ど、どういう事かね?」
「この虫は特定の期間だけ食べるんですが……。ねえ所長、それっていつだと思います?」
 研究員の若造は、こともあろうか所長に向かってクイズを出してきた。
「い、いつだろうね。私にはさっぱりわからないよ」
 余裕のある大人が、あえて子供に答えさせようとする、そんな素振りをしてみたが、実は頭の中は空っぽだった。
「受精の為に産卵した後の栄養補給期間、メスだけがプラスチックを食べるんですよ」
「受精の為に産卵?」
「この虫はオスがメスに求愛して、OKならメスが腹部に卵を放出します。そこにオスが精子を放出して受精となります」
「それはすごい発見だ。少しカエルに似た受精だな。しかし、食べるペースを上げる方法は?」
「メスは一生に複数回産卵が可能です。だから人工的に受精を行うんですよ。ただし、卵が小さくて肉眼では確認出来ません。結果は翌日、メスの腹部に茶色っぽい卵が見える筈です」
「じゃあ、早速実験しようじゃないか」
「でも問題が一つあります。彼らはあまり動かないんです」
「どうして?」
「天敵が少ない様で、逃げたり過度に繁殖する必要がないんです。ただ、狭い場所を嫌うので、迷路のような所に入れると、本能的に抜け出そうとします」
「なるほど」
「優秀な個体はそのスピードが早いので、それを集めれば繁殖も早くなる筈です」
「そうか。上手くメスと出会う仕組みを作ればいいのだから」
「メス達も優秀なオスの求愛なら、きっと受け入れるでしょう」
 女性も口説けないタチバナの言葉は少し説得力に欠けた。
 所長たちは早速、メスを通過点に配置した迷路を作り、その中心にオスを十数匹離した。オスは迷う事なく出口へと向かって進んだ。
 卵を放出したメスは、明日からでもプラスチックを食べ始めるに違いない。
 タチバナの話では、通常六割とされる受精率が、九割近くになる計算のようだ。
 翌日、ケースの中の個体を確認してみると、受精したメスは一匹もいなかった。
 所長は思った。タチバナの考えは、やはり甘かった。机上論ばかりで経験不足だ。そんな事だから、いい年になっても結婚どころか彼女すらできないのだ。私達の時代はよく学びよく遊んだものだ。だから私は美しい妻と結ばれたのだ。
 所長は勝ち誇ったようにタチバナに尋ねる。
タチバナ君。どうやら君の研究は間違っていたようだね」
「いいえ、そうではありません」
「どういう事だね?」
「所長。どうやら優秀なオスの個体はみんな奥手な様で、上手く求愛行動が出来なかっただけの様です」

 

 

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私の庭

 

 

 出勤前の朝、情報番組の特集コーナーの予告を観てケイコの手が止まった。興味のある内容なら、録画予約をするのが習慣だった。

『ゴミ屋敷』

 普段なら見送る内容だったが、モザイクの男性の後ろに映るゴミ屋敷。そこには、かつて愛用していた外国製のオレンジ色の鍋があった。

 予約後、直ぐに家を出た。職場でも集中できず、同僚から声をかけられる事もあった。仕事を終え直ぐに自宅に戻った。

「どうしたの、ケイコ。そんなに慌てて」

 心配する母をよそに、すぐさま二階の自室で番組を再生した。今朝見たモザイクの男性は、元夫であるナオキに間違いなかった。

「辞めるって、どう言う事?」

「どうもこうも、会社を辞めるのさ」

 離婚の直前、ナオキと交わした言葉だ。中小企業でそれなりの役職に就き、そろそろ親との同居問題など考える時期に、相談もなく会社を辞めると言い出したのだ。

 以前から身勝手な行動する人だった。ナオキは年齢がひとまわり上で、ケイコには遠慮があった。ナオキの両親は既に他界しているが、ケイコには母が居る。

「やりたかった仕事があるんだ」

 雑貨店を開く為、知人から紹介された店舗は既に契約が済んでいると言う。

 財布は別々に管理しようとのナオキの提案に賛成したのが仇となった。

「やっぱりサラリーマンが向かないんだよ。君だって分かるだろ?」

 賛成なら現状維持、反対なら離婚という選択肢しか、ナオキは用意していなかった。

「じゃあ、私の母の事はどう考えてるの?」

「お義母さん? ああ、それは……」

 母の事などまるで考えていなかったのだ。それを悟ったケイコは、母との生活を決めた。

 仕事を続け、母の年金があれば実家で暮らせるだろう。先々の不安よりも、今の問題の方が大きかった。

 ナオキとの離婚話は、あっさり済んでしまった。元々家族など必要無い人だったのかもしれない。

「でもどうして……」

 離婚から一ヶ月ほどでオープンしたナオキの雑貨店は順調な筈だった。退職金も少しはあったと聞いた。

 離婚後に一度会った時の話だったが、何よりナオキの表情が楽しそうで、ケイコの存在価値は薄かったのだと感じた。

 でも何が起きたのか。とにかく様子を見に行こうと思った。

 実家から一駅の距離だった。駅から家までは心休まる道の筈だったが、今は不安でいっぱいだ。

 道中、何度か足を止めた。やっとの思いで辿り着いた場所には、変わり果てた、かつての『我が家』があった。

 門の外から見た玄関ドアは、中からのゴミで閉じれなくなっている。

 チャイムは鳴らない。施錠の無い門を抜け、開いたままの玄関から声をかける。

「ナオキさん! ねえ、居るんでしょう?」

 普段大声など出さないケイコだったが、奥に居るであろうナオキに向かって叫んでみた。

 少し間があって、何かをかき分ける様な音に続いて声がした。

「ケ、ケイコ? ケイコなのか!」

「そうよ。ナオキさん、これは一体どう言う事なの?」

「ちゃんと話すよ。だから、とりあえず中に入って」

「中って……」

 無精ヒゲのナオキがゆっくりと天井とゴミの隙間から顔を見せ、そして手招きをした。意外に元気そうだった。

 中にはコタツ一つ分程の空間があった。

「店は順調だったんだけど、パートナーに持ち逃げされた。信頼してたんだが……」

「そうだったの……。でも、だからって家の中が、こんな風になっちゃう訳?」

「しばらく体調を崩してね。店は大丈夫だけど、家にはゴミが溜まってきて。なんだか面倒になった。最初は精神的なダメージが大きかったんだと思うよ。でも、それが回復する頃には家の中が……」 

 ケイコはかける言葉が見つからなかった。

「でもね、あの場所だけは何とかしておいたよ」

 ナオキが指差したのは、奥にある庭だった。ケイコはゴミの山を越え、庭を目指した。かつてケイコがコツコツと花を植え、少しずつ作り上げた大事な場所だった。

 花の種類は変わっていたが、色とりどり、綺麗な配色で並んでいる。写真が趣味だったナオキのセンスによるものだ。

「俺一人じゃさ、なんて言うか、やっぱりちゃんと出来なかったんだ。でも、あの『庭』を見ると、ずっと君が一緒に居るようで……」

 ケイコの耳にその話は届いていた。しかし、手の動きは止めなかった。リビング辺りのゴミを袋に詰めている。道中で買っておいた大量のゴミ袋に。

「あの庭はね、『私の庭』なのよ!」

 先々の事は考えていなかった。しかし今は先ずはここを掃除するべきだと思った。

「やはり、私が居なければ……」

 オレンジ色の鍋を手に、ケイコはつぶやきながら、その蓋を探した。

「とにかく、この辺りから片付けましょうよ」

 ケイコは動きを止めない。二人の事はまだ分からないが、今はナオキの為に何かをしよう。ケイコは今、その事だけを心に決めた。 

 

 

 

創作が上手く進まない……。そんな時、『もしも……』と、あてはめるだけ!

先ずは『試し読み』をどうぞ↓↓↓

 

 


異音

 

 

「なんだか変だわ」

 運転席のミホは、そう言って路肩に車を停めた。

「何が変なんだい?」

 マコトは声をかけたが、あまり心配していなかった。ミホは機嫌が悪い時も同じ台詞を吐く事があるからだ。

 二人で外に出ると些細な事から喧嘩になる事が多かった。何事も無く一日が終わる事の方が珍しい。

 今日もそうだ。ミホが珍しくドライブに行きたいと言い出し、とりあえず家を出た。行き先は未定で、これもいつもの事だった。

 ミホのその日、その瞬間の気分で行き先が決まる。事前に予定した通りに何かをやった記憶は殆ど無かった。

「山の方に行きたいわ」

 ミホは自然が好きだと言うが、それを真に受けて揃えたキャンプ用品たちが、物置を占領している。いま乗っているオフロードタイプの軽自動車が最たる例で、高い車高のおかげで立体駐車場を選ぶ必要があった。

「あなたの運転じゃ車酔いしちゃうわ」

 ブレーキのタイミングがどうだとか、ハンドル操作がこうだとか、こちらに言わせれば、スマホの画面に釘付けになって、呆けているから酔ったりするのだと言いたいところだ。しかし言葉を飲み込む。

「私が運転するわ!」

 家を出てから十分ほど経った時の事だ。信号待ちで突然大声をあげ、こちらを見た。仕方なくマコトは車の後部を回って助手席に着く。ミホは最短距離で運転席に移動した。

 勝ち誇ったような表情でミホはハンドルを握り、座席の角度と位置を直す。結局、運転はミホがする事になったのだ。

 マコトが思うに、ミホの運転にしたところで、車間距離がランダムだったり、車線変更が危うかったり、サイドブレーキの引きが甘かったりと、言いたい事は山ほどある。無駄な争いを避ける為、言わないだけだ。

 ダッシュボードからミホは、長らく使っていなかったスマホ・ホルダーを取り出した。ガラス部分に吸盤で固定する為の物だ。

 ミホはスマホの画面をナビに切り替え、目的地を設定した。マコトはそれが何処だか聞いていないし、さして興味もなかった。とりあえず分かっているのは『山』と言う事だ。

「最近のスマホは便利よね。色んな機能と一緒に地図だって更新されるんだから」

「そうだね」

 今日、初めてミホと意見が一致した。夫婦になって五年は過ぎたが、未だに喧嘩は絶えないし、果たしてベストな関係なのかどうか分からない。

 ミホが運転を始めてから異変を感じたのか、車を路肩に止めたのだ。首を傾げ、再び車を走らせた。

 ミホは心配性で嫉妬深い。結婚一年目は浮気を随分と疑われたものだ。しかし気が済んだのか、次の年から詮索しなくなった。単に興味が無くなった事も考えられる。

 一方のマコトは元々真面目な性格で、浮気心など微塵も無かった。

 しかし最近になって事情が変わった。偶然知り合った若い女性、しかも向こうからアプローチされたのだ。

 ミホは気付いていないだろう。マコトも上手くやっているし、気にも留めない様子だ。

 実はミホにもそれなりの相手がいるかもしれない。そうだ、きっとそうなのだ。以前より小言も減り、喧嘩もあっさりしている。

「やっぱり音が変だわ」

 ミホの言葉で目が覚めた。仕事疲れか、マコトはしばらく居眠りしていたようだ。

 車はすっかり山中に居て、ここが何処だか分からなかった。

 ミホは山道脇の斜面に車を少し乗り上げ、エンジンをかけたまま停車させた。それから車を降り、体をかがめて車体の下を覗き始めた。

「いいよ、俺が見るから」

 水色のワンピースに、低めのヒールを履いている。こんな格好で車体の下を覗き込まれたのではたまらない。いつも家を出てから予定を急に変えるから、出先と服装がちぐはぐになるのだ。計画性の無さは慣れっこだった。

「一体何処から音が聞こえるって言うんだ?」

 車を降りたマコトは、前輪のちょうど後ろ辺りに頭を突っ込み、エンジンルームの底を覗いて見ようとした。

 次の瞬間だった。緩い坂に乗り上げていた車が下がってきたのだ。マコトは避ける間が無かった。ミホが引いたサイドブレーキが甘かったのだ。

 左腕と頭にタイヤが半分くらい乗り上げて、ちょうどマコトを押さえつける形で静止した。

「ミホ、助けてくれ!」

 ミホはマコトの危機に全く反応する事なく、ゆっくりとしゃがみ込み、マコトにむかって囁いた。

「変な音がしたのよねえ。車じゃなくって……貴方のスマホから。メールの着信音かしら? 聞き慣れない音がねえ」

 ミホは気付いていたのだ。メールの事も、浮気の事も……。

 ミホは一応、救急車を呼ぶ準備をした。慌てず、ゆっくりと。これはきっと事故なのだから……。

 山中に向かって来る救急車は、到着にどれだけ時間を要するだろう?

 車体の重みはどんどんマコトの頭部にのしかかった。

 薄れゆく意識の中、マコトはかつて聞いた事のない『異音』を、頭の中で最後に聞いた。

 

 

 

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