R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

小説・ショートショート書き方の基本

(ショートショート作品から学ぶ小説の書き方)新作ショートショート(6)/ゼロ円サービス

 

新作ショートショート6/テーマ(無料)

 

 

ゼロ円サービス

 

 

 「本当に無料なんだよね?」との質問に「ええ、勿論です」との答えだった。そして私は、更に続ける。

「じゃあ、これもそれも、あれもこれも全て無料って事?」

「確かにおっしゃる通り、全て無料でございます」

 私宛に怪しい葉書が届いたのは、一週間ほど前の事だった。『ゼロ円サービス』とだけ書かれたシンプルな葉書の裏には、この建物までの案内地図が書いてあった。

 私は普段から慎重なタチだ。普通ならこの様な手口の営業には乗らない。だけど、今回は乗った。何故か? あまりにも情報が正確過ぎたのだ。私の生年月日に始まり、勤務先に趣味等々、おまけに、昔のニックネームまで合っていた。

 一応、事前に電話をかけた。怪しい商売なら、この時点で気付く筈だ。所在地を記しておきながら、実はそこに会社が無かったり、明かに電話が転送だったりと、事前に確認出来る要素は幾つかあるのだ。

 今回はそれに該当しなかった。先ずは第一段階クリアである。この事を妻に相談してみると「とりあえず行ってみれば?」と、返って来た。

 案内地図に書かれた通りの場所に着くと、そこにはそれなりに立派な建物があった。こちらの方も悪くないだろう。

 古ぼけた倉庫の様なら論外だが、景気の良すぎる感じも怪しい。その建設費の大半が、客の財布から出ている気がして、まっとうな商売とは思えないのだ。とにかく、建物の中に入ってみた。

 受付にはスーツ姿の女性が居て、顔立ちがとても綺麗だった。しかし、それは会社の中身との関係が薄い。

 次に私を、部屋まで案内してくれたこの男性も、物腰が柔らかく、尚且つイケメンだった。これは更に関係のない事だった。彼は『ヨシダ』と名乗った。

「お客様、とりあえずこちらへ」

 最初に案内されたのは、待合室の様な部屋だ。ヨシダに誘導され、更に奥の部屋へと進んだ。

「ねえ君。この部屋に入った途端に、何か料金がかかる仕掛けになってるんじゃないよね?」

「お客様、大丈夫でございます」

 ヨシダの表情が一瞬曇りかけたが、瞬時にそれを立て直し、穏やかな表情を作った。それは、こちらが油断していれば気付かない『プロの業』だった。

「お客様、どうぞこちらへお掛け下さい」

 一番手前のマッサージチェアの様な椅子だ。それは三台並んでいたが、他にも健康器具的な物や、トレーニングマシンの類もあった。今は他の客が居なかったので、真ん中に掛ける様勧められた。上着をヨシダに預け、素直にそれに従った。受付に居た女性が、飲み物と茶菓子をタイミング良く運んで来た。

「ははーん。君、あれだろ? ここに座っていると『血行』が良くなったりする……」

「ええ、そうです。この椅子には、その様な効果があります」

「やっぱり。そんでもって、ここに座っている間に、耳元で『営業トーク』を展開するってヤツだ」

「いいえ、それは違います」

 ヨシダはキッパリと否定する。そうなると、空き店舗でよく見かける『アレ』ではないと言う事か。益々訳がわからなくなった。

「じゃあさ、じゃあさ。君たちの会社は一体どうやって利益を上げる訳? それにさあ、君だって、そこそこいい給料貰ってんだろ?」

「ええ、まあ。世間の方々並みには……」

「『並み』だって? いいよな、いいよな! こっちは、今年で五十歳になるけど、転職とかもあって、この地域の最低賃金スレスレの給料だよ!」

「そ、そうなんですか……。ご苦労なさってるんですね……」

「そうそう。私達の様にね、一見普通に見えるオヤジだって、色々苦労してんだよ。表通り歩いてる連中だってみんなそうさ」

 私はヨシダに色んな話をした。

 タイミング良く打つ相槌と笑顔。ヨシダに話している間、私はとても心地が良かった。『血行が良くなる』と言う椅子に、三十分以上座っていた筈だが、その間、私はずっと話していた様だ。

 椅子の肘掛け辺りから『終了』を告げる様なアラーム音が聞こえた。

「あれ? 終わったのかな?」

「ええ……。そうですね……」

 ヨシダは申し訳なさそうに答える。私が椅子から立ち上がろうとすると、直ぐにヨシダは、ハンガーに掛けてあった私の上着を取ってくれた。

 常に気の利いた対応である彼の様な人材は、きっと何処の企業に勤めても活躍するだろう。私もこんな息子が欲しかった。

 建物を出る時、受付にいた綺麗な女性も、ヨシダと一緒に私を見送った。二人揃っていい笑顔だったし、結果的に私はここで一銭も払う事なく、家に向かう事になった。

 あの椅子は、本当に効果があるのかもしれない。なんだか体が軽くなった気がする。パンフレットも無く値段も分からないが、メーカー名は書いてあったから、ネットで調べればいいだろう。

 勧められなければ、余計に気になると言うものだ。上手い宣伝方法を考えるものだと感心した。

 体の軽さは、椅子以上に『ヨシダ』の効果が大きかったろう。彼の話しやすい雰囲気に甘えて、随分と愚痴を吐いてしまったものだ。

 過日、妻宛てに一通の封筒が届いていた。その中身が私の為に申し込んだ、新手の『愚痴聞きサービス』の請求書だったという事を、未だ私は知らない。

 

 

 

 

 

 

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