ショートショート作家 R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

小説の書き方ブログ。ショートショート作家 R・ヒラサワが自身の作品を用いて詳しく解説。新作随時公開中!

(『習慣』がテーマの作品例)新作ショートショート(20)/習慣

新作ショートショート/テーマ(習慣)

 

 

習慣

 

 

 世界中に未知のウィルスが蔓延してからというもの、知人に会うのも気を使わなければならない。出かける際のマスクの着用などは、当たり前の『習慣』になっていた。他人との余計な接触を避ける為、車の中で会う事にした。

 数年前に勤めていた会社の後輩であるモリタは、家の近くまで迎えに行くからと、近所にあるコンビニを指定してきた。

 雑誌でも読みながら到着を待とうとコンビニに向かう途中『お久しぶりです』と、横に止まった車の窓からモリタが声をかけてきた。私は手を上げ「やあ」と返した。

 モリタは以前のものより頑丈そうになった車のドアを開け、『マエダさん、どうぞ』と、私を迎え入れた。

 するりと体を滑り込ませ、素早くドアを閉める。このところ、周囲の人との接触を避けようとする意識のせいか、隔離された場所には直ぐに飛び込もうとしてしまう。これも最近になってついた『習慣』だろう。

「マエダさん、良かったら上着を後ろに置いてください」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 ゆったりとした車内は、モリタの順調な出世を窺わせる。後部座席には上着がきちんと畳んだ状態で置かれていて、相変わらず几帳面な奴だと思った。

 横の空いたスペースに、私は脱いだばかりの上着を置いた。並んだ二着の上着を眺めてみる。私の上着モリタのものより随分大きく見えるが、二人の背丈は似たようなものだったし、私が厚みのある上着を着ている訳ではない。単純にモリタの様に綺麗に畳まない。いや、『畳めない』のだ。

 並ぶとその差は歴然だったが、私にはモリタの様に綺麗に畳む気など起こらなかった。どうせ後から人が着れば、また元の様に戻るのだ。若い頃からの習慣など今さら変える気もないし、基本的に私は『合理主義』なのだ。常に『効率』を考えて行動しているのである。

 モリタと私は性格で言うならば、きっと『対極』の位置にいる。そして、モリタは几帳面なだけではなく、何事も計画的に進めるタチだ。それが証拠に、かつての職場で後輩であったにも関わらず、出世はモリタの方が早く、今では肩書きで追い抜かれているに違いない。

「でもマエダさん、どうしたんですか急に連絡を?」

 モリタは考え事をしていた私の様子を伺いながら、タイミングを見計らって話して来たようだ。

「いや、すまなかったね……。以前、君が会社で使っていた『ソフト』の事で、分からないところがあってね……」

「ああ、マエダさんも使う事にしたんですね!」

 モリタは嬉しそうな反応を見せる。問題の『ソフト』とはメジャーな『表計算ソフト』の事で、作業を自動化するプログラムをユーザーが自分で組み込める。

 モリタはそれに詳しい。プログラミング自体は本来の業務ではなかったが、一緒に働いていた頃は、仕事の効率や精度を上げるのに上手く活用していた様だ。少なくともこの知識が、モリタの出世に有効だったのは間違いないだろう。

 車を運転しながら、モリタはソフトについての説明を始め、分からなかった部分を私は理解する事が出来た。

「今の職場で必要になったんですか?」

「ああ……。まあそんなところだけど。職場って言っても、今は個人でぼちぼちやってるよ」

「個人って……独立したんですか?」

「まあ、そんな感じかなあ」

「へえ、凄いじゃないですか……」

 モリタの表情が一瞬曇った。同じ職場にいた頃、少なくともモリタは自分が周囲の誰よりも優秀だと思っていた様だし、他人が自分より上に来るのを極端に嫌う傾向があった。

 それからしばらくの間、会話が途切れた。しかし、モリタが再び話し始めた。こちらが気持ちを察するのを警戒したに違いない。

「マエダさん、さっき説明したソフトの件ですけど、口頭だけじゃ分かりにくいと思うんで紙に書いておきますよ」

「良いのかい? だけど紙って、今そんな物ここにあるの?」

「ええ、普段からずっと持ってるんです」

 そう言いながら、モリタはB5ぐらいのレポート用紙を取り出す。

「こうでもしなきゃ、会社でいい成績出せないですから……。『習慣』ですよ、習慣」

 時折挟んでくる言葉の端々に、プライドの高さが表れていた。車のルームライトを点け、モリタは『図』と共に、要約した説明文を書き込んだ。相変わらずこの辺りは優秀だと思う。

 折り曲げないようモリタは丁寧に紙を手渡したが、私はそれを無造作にポケットの中へとねじ込む。我ながら雑だとは思ったが、モリタは全く気にしていない様子だった。

「今日はすまなかったね」

「いいえ。また分からない事があったら、いつでも言って下さい」

 モリタが最初に私を乗せたコンビニが見えた。

「ありがとう」

 そう言って助手席のドアを開け、歩き出そうとした時だった。

「マエダさん、上着上着!」

「ああ、そうだ。車内が暖かかったから忘れるところだったよ」

 私はもう一度、後部座席側のドアを開けて上着を取り、モリタに礼を言ってから別れた。その時、少し急いでいる旨を伝える事を忘れなかった。そして車を離れ、直ぐに早足で歩き出す。モリタが内ポケットに財布を入れたまま上着を脱ぐのは、以前からの私が知る『習慣』だった。

 車を離れて最初の交差点を曲がった瞬間、帽子を被り眼鏡をかけ、上着とは全く違う色のジャンパーを羽織った。予め止めておいた自分の車に乗り、数キロ離れた現在の自宅へと向かった。

 あの会社を辞めてから、私は様々な手段を使って、他人の金で生活し続けている。

 忘れたふりをして、自分の上着と共にモリタの財布を抜き取る事ぐらい、実に簡単な事だった。この生活を続けてからと言うもの、『犯行から逃走までの流れ』は、今では私の日常的な『習慣』になっている。

 

 

 

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