ショートショート作家 R・ヒラサワの〜Novelist's brain〜

小説の書き方ブログ。ショートショート作家 R・ヒラサワが自身の作品を用いて詳しく解説。新作随時公開中!

(泥棒家業の男に不意の玄関チャイム)新作ショートショート(28)/チャイムが鳴る時

新作ショートショート/テーマ(チャイム)

 

チャイムが鳴る時

 

ー今回は早く終わりそうだー
 男はそう思った。『泥棒稼業』などと言うものは、周到な準備の先にこそ、良い結果が待っているのだ。想定以上にスムーズに進む仕事に、男は満足げであった。
ーピンポーンー
 玄関のチャイムが鳴った。これも想定内だ。平日の昼間は時々チャイムが鳴る事がある。訪問販売や宗教の勧誘など、しばらく居留守を決め込んでいれば、相手は諦めて帰ってゆく。通常チャイムが鳴るのは一回だが、時々二回鳴らす者も居る。しかし、それは住人が『出て来ない』事の確認であって、居留守かどうかは問題ではない。仮にそんな客に無理やり玄関ドアを開けさせたところで、良い成果は見込めないと言うものだ。
ーピンポーンー
 今回は二回鳴らす訪問者の様だ。このまま自分の気配を消しておけば、諦めて帰って行くに違いない。男がしばらく様子をみようと思っていたところに、ドアの向こう側から声がした。
「ねえ、ここを開けてくれない? 中に居るのは分かってるのよ。貴方が部屋に入るとこを見たんだから!」
 男は焦った。外から女の声がしたのだ。『入るとこを見た』だって? 十分に周囲を確認してから、一応は営業マンのふりをしての『侵入』だった筈だ。しかし、それを目撃されている事に気付かなかったと言う事か?
「早く開けてよ、居留守だって分かってんだから。とにかくこっちは用があるの!」
 女は一体誰なのか? 口調からして家人の知人である事は間違いない。おそらく『恋人』だろうと思うが、まだ『合鍵』を持つまでの関係でない様だ。
 男は玄関ドアを開けざるを得なかった。知人を装って堂々とドアを開けた後は、適当な理由をつけて追い返せばいいのだ。
「はい、どなた?」
 男はまるで家人の様な対応で玄関のドアを開けた。その向こうには、地味な中年女性が立っていた。
「あら、彼は居ないの? そして貴方は誰かしら?」
「ああ、ボクですか? ボクは……後輩です。先輩は仕事で、今日の帰りは遅いと思いますが……」
「ふーん、彼の後輩なんだ……。せっかく来たのにね」
「あいにくですが……」
 そう言いながら、男がゆっくりとドアを閉める動作にかかると、女性がヒールのつま先で玄関ドアをブロックした。
「え?」
 男は思わず声を上げた。
「ちょっと中に入るわよ」
 そう言って女性は強引に部屋の中に入って来た。慣れた様子でリビングに向かうと、家人の如く真ん中の椅子に腰掛けた。
「今日来るって言っておいたから、家に居るもんだと思ったんだけど。貴方何か聞いてない?」
「ええ……。何も……」
 男は勿論何も聞いていない。ここの家人は先輩ではないし、そもそも知人ですらない。男がここに侵入計画を立てた下見の時、数回遠くから姿を見た程度だ。
 男は困り果てた。これでは計画が丸潰れである。幾度か下見を重ねた結果、家人の帰宅が遅そうな木曜日を選んで侵入したと言うのに。
 男の調査では、家人は五十代ぐらいのサラリーマンで、このマンションに一人暮らし。普段の訪問者は無かった。『単身赴任』の可能性もゼロでは無いが、おそらく一人暮らしだろう。万が一、単身赴任であった場合は週末に『妻』が手料理などを作りに来る可能性も考えて、侵入は平日を選んだのだ。
「あのね『お金』を取りに来たの。用意しておくって言ってたけど、貴方何も聞いてない?」
「それは……」
 部屋に入って直ぐ、引き出しにあった封筒を見つけたが、あれの事だろうか? 中身は現金の束で、二十万円ぐらいはあっただろう。その封筒は、いま男の上着の内ポケットにある。部屋を出たら、直ぐに現金だけを抜き出すつもりだった。
 何処かに支払う為に用意された物に見えたが、その相手がこの女だったのだろう。今日の仕事は早めに済むと安堵しかけた矢先に、この女が現れたのである。実に最悪のタイミングであった。
「彼ったら、用意してなかったのかしらねえ……」
 女は『現金』の存在を知っている。おそらく家人から『封筒に入れておく』などと聞いていた事だろう。女を脅して現金を持ち去る事も出来るが、既に顔を見られている。罪を重くするだけだ。今なら女に現金を上手く渡してここから逃げ出せば、単なる『住居侵入』で済む。
「ああ、それでしたら……」
 男は隣部屋に移動する素振りの中、内ポケットにある『封筒』を取り出した。女の居る部屋に戻る頃には封筒を手に持って、あたかも違う場所に置いてあった様に見せかけた。
「この封筒の事ですかね?」
「あら、そっちに用意してあったのね」
 女が封筒を受け取る際、男に疑いを持っている気配はなかった。
「あの……」
 男はこのタイミングで、部屋から出ようと声を発したが、それを遮るように女が席を立った。
「どうもありがとう。私の用はこれで終わり。彼が帰って来たら、宜しく伝えてね」
「はあ……」
 男は力なく女の後ろ姿を見送った。次の瞬間我に帰り、直ぐさま部屋を後にした。今回は『住居侵入』であるとは言え、犯罪は犯罪である。現場に長居は禁物だ。
 それから数ヶ月後に、空き巣の侵入直後に家人の知り合いを装った新手の『横取り犯』が業界内で広く知られる事となった。

 

 

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